google-site-verification: googleb8e10bb92976c59f.html 事件の真実 危篤状態の親父との面会 忍者ブログ
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事件の真実
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半年前に肺がんで余命3ヶ月の命と言われた親父

だったが母親に用事で14年ぶりに実家に行った私

だったがその時に母親は外出中だったが親父がいて

「ゆっくりしていけ。」と私に言った。

 

私や私の家族が苦しい生活に強いられているのも親父

や弟がH氏にそそのかされて加担したせいだと言う思い

があったため、その簡単な言葉が許されなかったのだ。

14年経ってあちらが昔のことだと忘れていても今でも夢

でうなされる私には憎む気持ちは失せることはないのだ

った。

 

この話はあと5~6話あとに書こうと思っていたが先週の

土曜日から親父が危篤状態になったために書く事にした

のだ。

私からすればH氏に親父や弟が騙されるのはそちらの

問題であってこちらからすれば会社資産6億8千万円

個人資産1億2千万円を奪った共犯者だった。

会社も私が株を100%有するものだからすべて個人資産

なので8億円を奪われて自殺を考えるところまで追い込ま

れたものだった。


その内容はこのブログが進むにつれ詳細は明らかになって

いくのだがそもそもこのブログを書いている目的は過去に

あった出来事を風化させないため、被害者づらしている

弟は犯罪者という自覚を持っていないが殺人者が殺人

が明らかになっていなくても殺人者ならば弟はれっきとした

犯罪者だということを自覚し、今更償えるものではないが

私の妻や妻の実家に詫びて欲しいという気持ちは今も

持っているということをわかって罪を認めて欲しいと言うこと

もあるのだ

 

私は半年前に親父に手紙を出した。

その内容は、親父にはきついものだとおもった。

親子の縁を切るという内容だ。

「死ぬときには意味のある死に方をしてほしい。」という

願いもあった。

今はもう時効になっているからあの時の事実をどこかに

残して欲しいという意味合いも込めていたのだった。

私からすれば最後は親父となって終わって欲しいという

思いがあったのだ。

 

私は親父が亡くなってもお通夜や葬式にはでないと

言った。

死ぬときも行かないと書いたので先週の土曜日に危篤

状態になった時にはいかなかった。

でも気になって仕事が手につかなかった。

そして母親から昨日また危篤状態になったと電話があり

私は病院に行った。

妹が親父が「あいつはこない。」と言っていたので私が

行くと妹は一生懸命に「●●ちゃんが来てくれたよ。」と

親父に言った。

親父は話は聞こえているがしゃべれない状態だった。

半年前はまだ普通だったのにそこには干からびたような

顔で手も弱々しい親父がいた。

病室には弟の子供、妹、妹の子供、そしていとこの●ルヒ

の社長がいた。

社長とは犬猿の仲だったがお互い普通に接した。

私は親父を観ながらずっと立っていた。

しばらくして●ルヒの社長が「すわりや。」と言ったので

座ったが、私は妹に「弟は。」と聞いた。

妹は「服着替えに帰っている。」と言った。

私は「弟が来たら帰るから。」と妹に言った。

 

しばらくして子供たちがコンビニに買い物に行くといって

部屋を出た。

私が帰ると部屋をでたら妹もいっしょに部屋を出た。

病院の休憩室で妹と話をした。

妹は「●●ちゃん(弟)がまだおとうちゃん亡くなっていない

のに遺影の写真はどうするとか葬式はどこでするとかいう。」

と悲しい顔をした。

私は「来ないつもりだったけど親父にきつい手紙をだした

ので最後ぐらいは顔をだそうと思った。」と言った。

そして「お通夜や葬式はいかないから。」と告げた。

妹は「おとうちゃんはH氏に親友やと言われて信用しきって

だまされたとわかってつらそうだった。」と言った。

私は「本当に辛いのは家や家族の生活も仕事も失った

おれのほうやろ。」と言った。

そして管財人の弁護士が「本店をとりもどすためにH氏と裁判

をしよう。」と言ってくれたのにそうなれば弟の破産や実刑は

確実でそれができなかったこと。

でも自分の家族のことを考えたらしなくてはいけなかったこと

を話した。

妹は「○○ちゃん(弟)やおとうちゃんも頭いいのに会社と

いうものがわかってなかったと思う。○○ちゃん(弟)も

あれだけの会社だから会社を自分のものにしようとしたと

おもう。。」と言った。

 

妹は「もうおとうちゃんのことは許してあげてな。」と言って

涙を流しながら言った。

私は妹に「許すと言っといてくれ。」と言った。

そして帰り際に弟と玄関で会った。

私は弟にあったらしばいて頭を丸坊主にしてやると決めて

いたが、今やると親父が悲しむし、最後は穏やかな気持ち

で逝って欲しいと思ったので何もしなかった。

私は弟に「葬式は出ないから。」と告げた。

妹は泣きながら「来てくれてありがとうな。」と言った。

 

複雑な心境のまま病院を後にしたが、最後に顔を見ること

ができてよかったと思った。

 

でも死ぬのなら14年前に実際に起こったことをどこかに残

して親父として死んでいってほしいと思った。

今も危篤状態だがこれが最後の面会だと思った。

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流通業界に30数年携わってきた中で起こった事件をつづっています。10数年前に事件に巻き込まれた際、「真相さん」という2ちゃんねるのスレのなかで多くの支援者に支えられ、立ち直れたことに感謝の意を唱えます。
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