それはPという活性化市場(スーパー形式の市場)でマネージャ
をしていたときのことだった。
青果の担当者は中卒ですぐにここに働きに来て、青果を担当
していたということだった。
私は青果の構成比を見て明らかに低いと思った。
私のバックアップをしているH井さんにこのことを相談し、私は
「青果の担当者はここでしか経験がないので、担当してる売上が
高いか低いかも知らないと思う。」
「だからといって担当を外すということはかなりリスクが高いので
我々でとりあえず果物を担当したらどうだろう。」と言った。
そして今の果物の売り上げは5万前後で全体の3%ぐらいだから
とりあえずは7~8%まであげようということになった。
私とH井さんは2つの仕入れする市場をそれぞれ別れて連絡を
取り合いながら仕入れすることにした。
そのかいがあって果物の売り上げが伸びて20万前後になり
ありえないことだが野菜を抜いてしまった。
青果の担当者はプライドを潰されたと思ったのかどうかは知ら
ないが、辞めると言い出した。
私もH井さんも説得はしたのだったが、意思は固かった。
私は青果の担当者に「君はここしか知らないので今まで我流
でやってきたと思う。でも君なりに勉強してここまでやってきた
自負もあるとおもうからプライドが傷ついて辞めるという結論
を出したと思う。
だけど、私も今まで青果に君よりもずっと長く携わってきたので
どこが悪いのか、どうやって行けば良くなるのかがわかる。
青果は売り場構成で季節野菜、通年野菜、葉菜類などで
売り場構成をしっかりして、お客さんが買いやすくなる売り場を
作らないと売上も伸びない。
自分の知識が正しいと思っていてもそうでないことがたくさん
ある。
売り場は縦割りの構成でなければいけないし、カラーリングも
しっかりして売り場のメリハリをつけるのも大事なことだ。
そんなことが今の売り場には欠けてる。
私が知っていることは教えていくけど、それでも辞めるの?。」
と聞いたがやっぱり意思は固そうだった。
私は「もし、これからも青果にたずさわっていくならできれば大手
のスーパーがいいよ、基本がしっかりしているから、そして
知識が身に付いて、また力になってくれるのなら戻ってきて
ほしいと思う。」
「そのことはH井さんにも伝えておくので頭の中に置いといて
ほしい。」と言った。
そしてその若い男の子は6年間働いたP店を去っていった。
私はP店とBストアも当時管理していた。
Bストアはイトーヨーカドーに隣接している商業施設にも
果物の店舗を構えていた。
そこの隣に青果の店舗があり、その若い男の子がいた。
私は「八百屋さん的な店より、大手のスーパーの方が勉強
になるのにな~。」と思った。
そして1年が過ぎて私はそこでは仕事ができない店長や
不正業者の摘発、納品業者の変更など、いろんな意味で
売上は伸びても反感もあったし、神戸のスーパーから
店長として高待遇で依頼が来ていたので神戸に移ったのだっ
た。
そして1年ほど過ぎた時に業者から「P店でまえに青果で働い
ていた子が自殺した。」と聞いた。
私はすぐにH井さんに連絡を取った。
H井さんは最初に「マネージャーがいじめるから。」と冗談を
言ったが私は「その冗談きついってww。」と言った。
H井さんの言うことには車の中で練炭を炊いて練炭自殺した
ということだった。
若い子の親はP店でH井さんの惣菜売り場で働いているだけ
にH井さんもつらかったようだった。
私は「なんで親のこと考えないんだ。今まで育ててもらって
親のこと考えたら自殺なんかできないだろ。
彼女もいるのに何が不服なんだ~。」と怒りをH井さんにぶつ
けてしまった。
「若いからこれからいろんないいことあるのに・・若いということ
がどれだけの可能性があるのか何故わからないのか。」と
H井さんと言い合った。
私がP店にいかなかったら若い子も自殺しなかっただろうと
おもったらやりきれない気持ちがこみ上げてきた。
P店も私がやめたあと、神戸から新しい店長を招いたが、売上
を1日平均240万円まであがったのに100万円を切るように
なったということだった。
H井さんからは何度か相談があったが、観に行くことはできて
アドバイスすることが精一杯だった。
それ以上にそこへ行けばやっぱり思い出す。
若くて可能性がいっぱいあり、選択肢もいっぱいあるのに
何故、死に急ぐ若者がいるのか・・・
若者は若者で心が病んでいることがいろいろあるかも知れない
でもそれを差し引いても若さといういろんな可能性を秘めた
ものを持っているのにとおもうと悔しくて仕方なかった。
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