納品業はなんとかなったが肝心の精肉、鮮魚が決まっていなかった。
私はレジ会社の●ラオカに肉の業者を何社か紹介してもらうことに
なった。
最初にいった卸でしられた肉屋で私は強気で話をした。
私の条件はレジ通過料が光熱費込みで8%で保証金が500万円
だった。
しかし、保証金に折り合いがつかなかった。
普通は反対に貰ってもいいほどで払えてもせいぜい80万円だと
言われたのだった。
私ははっきり言って資金不足で保証金で補うしかないので、どう
してもその金額では折り合いをつけることができなかったのだ。
そして次に連れて行ってもらったところが、●田総本店というところ
だった。
私は「最初だからレジ通過料が8%で行きますが次はこの条件
ではできませんよ。
それに店舗にはかなり資金もかかるので保証金も500万円で
お願いしたいのです。」と言った。
そこの部長が「最初はレジ通過料を5%で行くことはできないですか?
。」と言ったが、社長が「光熱費込みだぞ!。」と部長に言ったのだっ
た。
私は運営するのにどれぐらい経費がかかっているのかわかって
いる人だなぁと思ったのだった。
でもそれは実際に店舗を1店舗運営していたからだった。
そしてその条件で入ってくれることが決まったのだった。
しかし、鮮魚は保証金を払ってまで入ってくれるところがなく
最後まで決まらなかったのだった。
そして昔少し関わりのあった肉屋の知り合いがオープン前日に
連れてきてくれて鮮魚は直営ですることに決まったのだった。
当然、鮮魚の仕入先も前日の夕方に来てもらい、幾分か
納品してくれたが、鮮魚の仕入先6社の担当者が集まって
私のところに来たのだった。
仕入れを現金でして欲しいということだった。
私は「私はたしかにお金を持ってるわけじゃないので皆さんの
言うことはわかります。表では反対運動をされていてそれで
不安になってる業者さんもいる。
でもわたしもリスクを背負ってやっていく、私のリスクに比べたら
あなた方のリスクはそれほどではないでしょう。
それぐらいのリスクを背負えないという取引先だったら納品
していただかなくて結構です。」
お金を持っていない私にすればかなり強気の発言だった。
しかし、それを聞いた鮮魚の仕入先は「わかりました、納品
させていただきます。」と言ってくれたのだった。
そして親父の仕入れの日払いで電話が毎日かかってきていた
鮮魚の小売問屋にオープン初日に私は行った。
そしてその時残っていた現金が120万円だったので親父の
そこの借金と同じ額だったのだった。
私はそこで「長いあいだ親父が迷惑をかけてすいませんでした。
わたしもこれから商売をしていくので親父の借金をそのままには
できませんのでこさせていただきました。
ここにおたくの支払い金額の120万円があります。しかしこれから
商売をしていくのに全額払うと仕入れするお金がなくなります。
できましたら半分の60万円を払わせていただいて残りは毎月
月末に10万円ずつ6回払いにしていただきませんか?。」と
頭を下げて頼んだのだった。
そしてなんとか了承してもらったのだった。
正直、最初から株式会社だったが当時は500万円を銀行に
10日ぐらい預けて保管証明をもらわなくては株式会社は
作れなかった。
ないことを会計事務所の所長に言うと保管証明のお金を
立て替えてあずけてくださったのでなんとか株式会社で会社
を当初から作ることができたのだった。
強気の交渉で乗り切っていったのだったが、みんなの協力で
なんとかオープンまでこぎつけたのは言うまでもなかったのだ
った。
たくさんの人たちに支えられて店をオープンすることができた
ことは決して忘れてはいけないことだと心に刻んだのだった。
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