創業当時に食品業者K産業が発注端末機を持ってきて「これで発注して
くださいと言ってきた。
食品会社は3社入っていて仕入先を登録したらその端末で発注できると
いうものだった。
食品会社どうしで情報が漏れるのをおそれてなかなか他のVANシステム
に参加することを他の食品会社は嫌がるのだった。
しかし店がそれでやるといえば他の食品会社も従うしかなかったのだ。
私はK産業に「何故、使用料がタダでいけるのですか。」とたずねた。
K産業の担当者は「使用料はかく食品会社で払うからです。」と答えた。
また私は「料金がかかると仕入れが高くなったりしませんか。」と尋ねた。
またK産業の担当者は「私どもは食品のメーカーからその料金をもらいま
すし、実際伝票を手書きで起こす手間がなくなるためにそのほうがいいの
です。」と言うのだった。
普通の人はそれでタダなのでラッキーと思うのでしょうが、自分たちで
発注して、どこかが儲かる仕組みを簡単には受け入れられないのだった。
私は2ヶ月間、K産業のVANシステムに加入したがその間に自社でその
システムを作れないかと思うのだった。
どうせならレジと連動させて最低個数を設定し、例えばカゴメソースが
在庫を3個切ったら自動的に発注するようにできないかと考えた。
そしてレジ会社に作るように相談したが作れないのでデータを渡すから
そちらで作れないかということになったのだった。
レジ会社のポスレジの書き込みデータというものは企業秘密的なものだっ
た。
私はそのことを利用して見つけたコンピューター会社に「そのデータを渡す
のでタダで作れないですか?そのデータがあればそのレジが入ってる店
にどんどん導入できますよ。」と持ちかけたのだった。
その申し出は即決し、私の店の自社VANシステムは完成したのだった。
自社VANは当時は業界初でレジと連動しているとなるとその10年以上
あとにやっと大手でも取り入れるようになるほどのものだった。
当時はレジと連動するという発想すらなかったのだ。
昭和62年頃だったのでインターネットも「ピーヒョロヒョロ」と遅いものだっ
たがこれからはインターネットが普及すると思っていたのでネット配信型
のシステムを取り入れたのだった。
今でも電話回線が主流なので当時とすれば画期的だったのだった。
レジと連動したネット配信型の発注システムはまさに業界ではそうとう
先を行くものだったのだ。
VANシステムは受信システムを構築できる大手主体のものだったが
すべての仕入先が使えるように当時から大手が使うEOSシステムは
もちろんだがFAX、メールなどに対応した全業者対応型システムを
作ったのだった。
それにより、5年後には発注収益が月240万円、センター管理費が
月300万円、それらを利用した一括物流で月300万円と収益を
得るようになったのだった。
しかもそのシステムは無人でほったらかしでもうかったのだった。
従業員は店の利益で出店をしていると思っていたようだが、実際は
営業外収益のほうが大きかったのだった。
そして4ヶ月に1店舗出店できるようになっていくのだった。
専門の従業員がいなくても商品が入ってくるので給与が高い専門
の従業員を雇う必要がなく人員確保も簡単だったことも大きな要因
となった。
画像とは違うが発注端末も展示会で見つけた世界最小のものを使
った。
でも小さいのでどこにいったかわからなった時には探すのに手間
どったのだった。
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