私がBストアの常務(実質社長)の教育係の仕事を観て
いた、常務と同じJC(青年会)の仲間であるH井さんが
「肉のジャンボ市をスーパーにできませんか。」と相談に
来た。
常務からも協力してやって欲しいということだったので
受けることにした。
H井さんの父親はその地の精肉業界の会長だった。
牛を700頭飼育しているという大規模なものだった。
しかし、当時発生した狂牛病のため、その企画は中止
になった。
だからH井さんは、代わりに父親が会長をしているPプラザ
という活性化市場を観てくれないかということになった。
しかし活性化市場というのは商人の集まりでまとまりが
ない。
私はH井さんに「みんながたとえ店長であっても私のいう
ことを聞けなければクビにできること、戦えない納品業者
は代えていいということ、この2つの条件を満たせれば
仕事を受けますが、そうでなければ今回の仕事はなかっ
たことということで、でも絶対無理ですよ活性化市場でみ
んなが私の言うことを聞くはずがありませんから。」と言
った。
H井さんは「わかりました。あらためてまた来ます。」と言
った。
そしてすぐにその条件でお願いしますと依頼してきた。
Pプラザの店長や社員2名は反対したが、H井さんは
それらをしりぞけて私の条件をはなし、全員に従うように
指示した。
そして私はPプラザのマネージャーとしてほかの仕事も
していたので週3回、1日5時間の契約で仕事を引き受
けた。
そこの薬局の責任者が私に「大丈夫ですか、みんなを
指示にしたがわせるとかは難しいのではないですか
つぶれますよ。」と言ってきた。
それを聞いたH井さんは「この人、そんなたまではないです
から^^」と言った。
H井さんは私のHPを観ていて私のことを知っていたのだっ
た。
H井さんは私が面倒を見ているBストアから距離があるので
自分の車(パジェロ)を足に使ってくださいと貸してくれたの
だった。
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