私はH氏の息子に迎えにこられてそのまま本店に連れて
行かれ、ヤクザの会長の若頭に引き渡された。
そしてH氏の息子に「言われたこと聞けよ、この人は会長
のところの若頭で普通なら組を構えることもできる人だ。」
というのだが、なにが普通で何が普通でないのかわから
ないのだった。
私はわが社のメインバンクのO銀行に連れて行かれた。
若頭に「ここにいくら借り入れがあるか調べて書類もらって
こい。」と言われるのだった。
私の会社は年商の割にはきわめて借り入れが少ない会社
だった。
ここでは私が個人の家の住宅ローンを組んでいるものの
残債が4000万円ほどで、会社としては『O-157』の中毒
被害のときの緊急融資が1500万円ほどと、10年前の本店
改装工事の際に実家を担保に借り入れた2200万円の残債
がある程度だった。
それらの資料をもらうと次は保証協会に連れて行かれた。
府の信用保証協会では私が本店を購入した時にK銀から借り
入れた3億1千万円の資金のいくらかが保証されているものだっ
た。
確か残債は1億6000万円ほどだ。
毎月190万円ほどの返済をしているが遅れたことがないので
さほど考えたこともなかった。
保証協会の人たちは不渡りを出した会社の社長が来ることなど
今までに例がないので驚いていたのだった。
私は「ここにいくら残債があるのか資料をもらえますか。」と
言った。
いったい残債の資料をもらってどうするのかはわからないが
H氏がなんらかの取引の材料にするということはなんとなく
わかるのだった。
保証協会の残債は6000万円ほどだった。
私は何故このようになったかを必死で説明するのだが
保証協会の人たちにはいきさつなどはどうでもいい感じ
だった。
回収できるかどうかが問題だということだった。
私はどうでもいい説明をしてそんな自分の情けなさに
坊主にされたときからかぶっている帽子を握り締め
悔しさで涙目になるのだった。
このままここから逃げ出そうかと考えたが、逃げると
ヤクザが関係筋を探し回るだろう。
いろんなところに迷惑がかかると思った。
ましてXデーに備えて個人のお金をすべて会社に入れて
いて、その日を終えたら会社から個人に回収する手はず
だったのでまったくお金がない・・
まさに最悪だった。
でもこのときでもまだ何とかなる、とにかく本店さえとられ
ないようにすればと思うのだった。
このときにはまだ本店に勝手に偽造の賃貸借契約書を
打っていることは知らない私だった。
保証協会から資料を受け取り、若頭の車にもどるしかない
私だった。
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