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事件の真実
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S店オープン3日目
前向きに倒れようと決断した私は、会計事務所に相談したが

改装は無理だと言う答えだった。
「だめでつぶれるのはうちの会社で会計事務所ではない。

どうせ1000万円ぐらいの小さい借金でつぶれるなら前向き

な5000万円でつぶれようじゃないか。」そうおもったら急に

やる気が出てきた。
S店オープン3日目、覇気のない社員が何も知らない中、

社員の誰にも何も言わず建築業者何社かに連絡をし、すぐ

会社に出向いてもらった。

その時の私の計算では店が休めるのは今月末。

それも納品業者の支払いのため店を休むと売り上げがなくな

るため最高でも5日間だった。
私の、5日間で60坪の売り場を110坪にするというむちゃな

計画には建築業者はみんなできないという答えだった。
実際に工程表を組んでも工事のための冷凍機の搬出、そして

再度の搬入のため実質3日しかなかったからだ。
そして、私の支払い条件が工事完了後の月末締めの翌月末

一括払いということもあり当然心配して話し合いをしても工事

はなかなか請けてもらえない。
話し合いの業者も最後の一社になった。
でも私は工事の条件を妥協するわけにはいかなかった。
条件が私にすれば限界の条件だったからだった。

私には、当初店をすることを踏み切るについて自分に言い聞か

せていた覚悟があった。
「もし失敗してその借金返済で一生を終わっても、何もしていな

いものから笑われても痛くもかゆくもないじゃないか。

何かをした人から言われたら、成功したものが言ってるんだから

言えるべき人間だから当たり前。

言われても納得だ。

自分の人生は自分のもの、それに後悔というものは何かをしな

いとできないんだから。」というものだった。
だから、その覚悟でここまできたんだから最後まで前向きな後

悔をしようと思った。

最後の業者との話し合いが始まった。
私は工事の時期、行程期間、支払い条件をD産業の社長に

言った。
あまりに工期が短く、突貫作業になり、そして工事資金も少な

くするため既存の店舗の正面入り口のサッシ、全面がつなが

って15メートル以上あるものを取り外して3メートル前に出す事

も大変な作業だった。
D産業も慎重に行程期間の話し合いが続いた。
D産業も行程が長くならないか聞いてきたが、私は金額が

突貫のために多くなるよりも休まないことの方が大事だと

説明した。
D産業の社長は、長い話し合いのあとどういう風にして店を

つくったか聞いてきた。
私は今までの道のりを社長に話した。
その話しもかなりの時間がかかった。
私は、話が終わってD産業の社長から結果を聞くときが来るの

を恐れていたのかも知れなかった。

だから余計に余計な話しもした記憶がある。
最後まで話をしたから結果を聞かなくてはいけない。

口は重かったが結果を聞こうとしたとき、D産業の社長は「私の

ところがやらしてもらいます。」と自ら答えてくれた。
私は知らず知らず今までの過程を話しているとき、いろんな出来

事を振り返ったため少し泣き顔になっていた。
D産業の社長が切り出してくれなかったら、自分をさらけ出して

頼み込むかも知れないことを悟ったD社の社長の優しさだった

のかも知れない。

工事開始までの2週間ちょっと、予想どおり厳しい状況が続いた。
できるだけ資金がつまらず改装日までこぎ着けられるように特売

を続けた。
ある程度の予想はしていたが、実際に利益より売り上げに走ら

なくてはいけなかったため、月の収益はマイナス500万円を越

えた。
でも改装にこぎ着けるためだったら、そんなマイナスはどうでも

良かった。
そして、店自体の雰囲気が重いため長く感じた2週間が過ぎ、

生鮮食品をみきって売り尽くして何とか改装の日を迎えた。

当初の開店時に協力してくれたH冷機の社長も「私らは今まで

工事の修羅場はいやと言うほどくぐってきてますからまかしと

いてください。」といってくれた。
冷凍機業者、電気業者、建築業者、各業者とも工期が短いた

め人界作戦をとっていた。

D産業の工事には効率よく進む作業に感心させられた。
徹夜がつづき私もつきあったが、そんな私にみんな「これは私ら

の戦いで社長の戦いはそのあとですからまかして休んでくださ

い。」という工事業者の顔は徹夜が続いていたため疲れ切って

いた。
がんばってくれている工事業者に迷惑を掛けないためにも必ず

勝とうという気持ちは日に日に高まっていくのが感じた。
最終日は店頭のタイルを貼ったが、雨が降りそうだったため降

らないように祈った。
工事がすべて終わったのは開店日の朝30分前だった。

開店
みんなのいろんな思いを受けながら店は改装オープンした。
徹夜作業が続いた冷凍機業者や電気業者も、疲れているは

ずなのにお客さんの誘導や店頭の整理に協力してくれていた。
社員の努力もあり、納品業者によるかなりの商品協力もあって

見事に改装オープンは成功した。
戦いは始まったばかりだが、改装オープン初日の夜は工事に

携わった業者みんなで祝杯をあげた。
私は酒は飲めないが少し無理して飲んだ。みんなの酒は本当

にうまそうだった。
自分一人で戦っていないことをつくづく痛感するのだった。

後日、D産業の社長が集金のためにきたが、請求書をつくって

だす事が遅れたために予定よりも1月もあとだった。
そのこともだいぶ助かったのだった。
2階をつくったことで支払いは大幅に多くなり、工事の最後の洗

い(掃除業者による掃除)も商品の陳列のためにできなかったが、

それは請求書にはいっているのは仕方のないことだった。
すべてを承知していて、私はD産業がきたら請求金額は値切るこ

となく払う決心をしていた。
D産業の社長はできなかったところの支払いの話をし、金額を決

めようと思っていたらしく私がすぐに小切手で端数まできっちり

払ったために少し驚いていた。
私は「社長。社長がきたら端数まで払うことを最初から決めてい

ました。無理な工事を受けてくれたことを感謝しています。

本当にありがとうございました。」と私が言った。
D産業の社長も「仕事をさせてもらって良かったです。

これからもお願いします。」と言ってくれた。
わたしにとってM本店はいろいろな思いの詰まった店だった。

私の会社の社員は昔からの友達ばかりでつくったために私を社長

と呼びづらく、私も呼ばれるのにはなれていなかった。
そんなことは別に何とも思っていなかったが、この思い切った改装

後、社員みんなが私のことを社長と言うようになった。
そして私も、徐々にそう言われることに抵抗感がなくなっていった。

そして活性化市場のスーパーSを半年あまりでつぶすのだった。

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流通業界に30数年携わってきた中で起こった事件をつづっています。10数年前に事件に巻き込まれた際、「真相さん」という2ちゃんねるのスレのなかで多くの支援者に支えられ、立ち直れたことに感謝の意を唱えます。
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