どこの職場でも創業時からいたパートさんとかは、新しく
入ってきたパートなどに先輩風を吹かせていることは、ど
こでも見かける。
それはそれでいい面もあるが、そのせいで新しいパート
さんが仕事をやりにくくなったりもするものである。
私がバックヤード(作業場)にいて、売り場の整理をする
作業をしているときだった。
そのパートのAさんは創業時からいるパートで、自分が店内
の仕事を仕切ってるような感じだった。
そこに常務(実質の社長)の教育係で私が入ってきたこと
にどこか気に入らないところがあるようだった。
売り場にある売れない商品はバックヤードに下げて、売れ
る商品で売り場をつくりかえる作業を私がしている時だった。
夏場だったのに売り場に灯油などをストーブに入れるポンプ
があったので夏場にそんなものは売れないのでバックヤード
に下げたら、「これは夏でも売れるから下げなくていい。」と
言ってきた。
私は「夏場にポンプなんか売れるわけないでしょう。」と言った。
Aさんが売れると言いはってきかないので私はレジでポンプの
売上実績を出した。
3ヶ月間、1つも売れていなかった。
私は売上実績を見せて「3ヶ月間1つも売れてないじゃないです
か、どこが売れるんですか。」と言った。
Aさんは「それまでは売れていた。」というので、「もういいから
黙っておいてください。
進みませんから文句あるなら売り場が出来上がってから言って
ください。」と言って作業を進めた。
私が台車を押している時にAさんが「ちょっとまって。」といったの
で何かなと思うと台車の前にダンボールが引っかかってたのか
取ってくれたようだが、台車を押している方からはわからなかっ
た。
私は何をしてくれたかわからない状況の時に、「親切にされたら
ありがとうとか言えんのか!。」と言ってきた。
私は「ダンボールをとってくれたんですか、すいませんね。
でもね、親切というのは見返りを求めたら親切ではないんです
よ、たとえそれがありがとうという言葉でもね。
親切の押し売りをするのなら構わないでください。」と言った。
Aさんは「カチッ。」ときたのか、常務に告げ口をしたようで、
常務と専務が私に事情を聴きに来た。
私は成り行きを話した。
常務と専務は「そんなことだとおもった。Aさんがどっちをとる
。」というようなことを言ったというので私は「私は別にAさんと
ぎくしゃくしてても一緒に仕事するのはなんとも思わない。
でもね、もし私以外の人のことでAさんがどっちをとると言って
きたらそんなことを言うパートさんは解雇しなさい。
みんなが気持ちよく働ける職場にマイナスになるようなパート
がいたら会社のためになりませんから。」と言った。
私は今までたくさんの人を雇ってきましたが、正しい正しくない
というのはおいといて、「どっちを取る。」と誰かが行ってきた場
合は「そういうことを言う人はたとえ正しくても私は必要としませ
ん。」と言ってきた。
任せているのと幅をきかすのとは全然問題が違うのだ。
私はH井さんから依頼を受けてPプラザの立て直しをする
ことになった。
聞くところによると創業祭まで2週間しかなく、かなり切羽
つまった仕事だった。
私の中では最初にやらなければいけないのは納品業者の
洗い直しだった。
納品価格を見て、近隣の強豪のチラシの価格を見比べると
戦える価格帯ではなかったからだ。
豆腐屋さん蒟蒻屋さん麺屋さんはBストアですでに価格の話
し合いをしたので同じように「売上を上げるので協力して欲し
い、でも売上が上がらなければ元に戻していいですから。」
という私の提案でなんとか戦える価格帯になった。
玉子屋さんは私の知っているどこよりも安かったのですんな
りと行った。
乳製品は難航したが、「できなければ私の知ってる納品業者
と代わってもらう。」と言うとしぶしぶ了承した。
そしてチラシ屋との交渉に入った。
チラシを観てみたら写真が一切入ってなく、【かきせん】と
言われている文字だけのチラシだった。
それなのに通常の倍以上の価格のチラシ代がかかっていた。
私はチラシ屋にそれまでかなりの利益をむさぼっていたのを
わかったので、「チラシ屋の見直しをしますので写真点数40
点以上でB4(大きさ)1万枚B3、1万枚の見積もりをして、安い
ところを採用します。」と言った。
チラシ屋は急に立ち上がり「お前今までの10年来の付き合い
わかった上で言ってるのか~。」と言った。
言い方があまりに上からなので「付き合いだけでやっていけるん
だったら俺にたのみに来ないんじゃ~付き合いだけでやっていけ
ないから頼まれて来てるんじゃ~だいたい今までこの価格は
普通の料金と言えるのか?、ここはあんたとこの従業員2~3人
の人件費を払うためにやってるんじゃないだろ。」と言った。
そしたら「あんたはここをどうしたいんだ。」と言ってきた。
私は「ここを近隣の強豪と戦って勝てるようにするために来てい
る。だから戦えない業者はいらない。」と言った。
チラシ屋は「わかりました。」と言って帰っていった。
しばらくしてチラシ屋の見積が来たが、値段は以前とは格段に
下がっていたが、折込(新聞屋に入れてもらうこと)はチラシ屋が
持っていくことになっていた。
従来、どこの印刷屋でも折込業者を使う。
でも、実際に直接持っていったほうが安いようなイメージに思う
が実際はそうではない。
直接持っていかれると間引きされる可能性があるのだる。
1万枚入れたと言っているが実際は8000枚とかいうことが
あるのである。
この折込屋がそうだとは言わないが、値段が下がったのを折込
代でカバーされることも実際にはいろんなところであるのである。
結果は、別のチラシ屋のほうが安かったのと、そこはたくさんの
スーパーのチラシを手がけているのでいいチラシになるという
メリットがあるのでそこを採用した。
菓子業者はメインが1社しかないので価格を競争させるために
もう1社入れた。
食品業者は大手の子会社だったが最初は特売で100ケース
でいくらになるとか無茶なことを言ってきた。
しかし1ケースでも特売で取れたりするので納品価格やケー
ス数のことを話し合った。
こちらが業界に精通しているとわかるとたちまち普通に商談
するようになった。
そして包装資材が異様に高いことに気がつき、事務員に
「レジ袋高いけどどうなってるの?」と聞いた。
事務員は「そんなことないです。レジ袋が乳白色に定められ
たときに高くなると言われたのを、私が頼み込んで今までと
同じ価格にしてもらったんです。」と言った。
私は、まぁ事務員がほかの店でいくらで買ってるのか知らない
からしかたないか・・・。」と思い、包装資材屋を読んでもらうよう
に指示した。
そして包装資材屋が来たので私は「おたくのレジ袋高いでしょ。」
と単刀直入に言った。
包装資材屋は「そのとおりです。」と答えた。
私はあまりにもあっさり認めたのでびっくりしたが、それを聞いて
いた事務員の顔は青ざめていた。
今まで騙されていたという気持ちで怒りの表情が顔に出ていた。
私は「今までおたくはかなり儲かっていたので包装資材はいくつ
かの業者の自由入札で決めますので、そのつもりで見積もりを
至急出してください。」と言った。
そして米屋との話し合いに入った。
創業祭がもうすぐあるので米10キロ袋の特売見積もりを出して
ください。」と私は言った。
今では米の特売は5キロが主体だがここは昔からの街で
世帯の家族数も多いことから10キロが主体だった。
後日、創業祭で業者が5キロのほうが売れると思い、5キロの
米も持ってきていたが全然売れなかった。
米の業者が見積もりを持ってきたが通常価格よりも50円安い
だけだった。
私は「この見積もりは創業祭とわかって書いてきてるのですか。」
と聞いた。
「そうです。」と答えたので
「これはあなた個人の見解ですか、それとも会社の総意ですか。」
と聞いた。
「そうです。」とまた米の担当者は答えた。
私は「協力できない納品業者はいらないし、協力してくれている
ほかの納品業者にも失礼ですからもういいです。他の業者を
入れますから。」と答えて帰っていただいた。
そして定番(特価ではなく通常棚にならんでいる商品)からそこの
米業者をはずすように店長に指示した。
それに慌てた米の業者は何度も来たが、「あの見積の時にあなた
は会社の総意といったではないですか。
私はそういう業者とはいっしょにやってはいけないといったはずで
す。
納品業者もこの店もお互いがこれからも成り立っていくようにする
ために一丸となってやろうとしているんです。
会社の総意とは簡単な言葉じゃないんですよ。」と言って帰っても
らった。
私は最初にH井さんに「私は業者は知っていても変なつながりは
もちません。
価格、品質優先で勝てる業者でないと戦えませんから。業者との
癒着なんかあったりしたら今後仕事ができないです。」と言ってた
ので、業者の変更はすんなりと進んでいった。
付き合いだけで勝てるのなら苦労はしないのだ。
私がBストアの常務(実質社長)の教育係の仕事を観て
いた、常務と同じJC(青年会)の仲間であるH井さんが
「肉のジャンボ市をスーパーにできませんか。」と相談に
来た。
常務からも協力してやって欲しいということだったので
受けることにした。
H井さんの父親はその地の精肉業界の会長だった。
牛を700頭飼育しているという大規模なものだった。
しかし、当時発生した狂牛病のため、その企画は中止
になった。
だからH井さんは、代わりに父親が会長をしているPプラザ
という活性化市場を観てくれないかということになった。
しかし活性化市場というのは商人の集まりでまとまりが
ない。
私はH井さんに「みんながたとえ店長であっても私のいう
ことを聞けなければクビにできること、戦えない納品業者
は代えていいということ、この2つの条件を満たせれば
仕事を受けますが、そうでなければ今回の仕事はなかっ
たことということで、でも絶対無理ですよ活性化市場でみ
んなが私の言うことを聞くはずがありませんから。」と言
った。
H井さんは「わかりました。あらためてまた来ます。」と言
った。
そしてすぐにその条件でお願いしますと依頼してきた。
Pプラザの店長や社員2名は反対したが、H井さんは
それらをしりぞけて私の条件をはなし、全員に従うように
指示した。
そして私はPプラザのマネージャーとしてほかの仕事も
していたので週3回、1日5時間の契約で仕事を引き受
けた。
そこの薬局の責任者が私に「大丈夫ですか、みんなを
指示にしたがわせるとかは難しいのではないですか
つぶれますよ。」と言ってきた。
それを聞いたH井さんは「この人、そんなたまではないです
から^^」と言った。
H井さんは私のHPを観ていて私のことを知っていたのだっ
た。
H井さんは私が面倒を見ているBストアから距離があるので
自分の車(パジェロ)を足に使ってくださいと貸してくれたの
だった。
3号店を出すときに私の高校の時のクラブの先輩から惣菜の
テナントに入りたいと言ってきた。
当然、先輩でも保証金はもらうし、家賃も売上からレジ通過料
という形で歩合を引いてもらうことになる。
でも、素人が簡単にできるものではないし、売上が悪いとこち
らまで影響する。
お金がもらえたらいいってもんではないのだ。
私は心配だったのでスーパーなどに冷凍機などを入れてる
会社に相談した。
そしたらたしか箕面の方だったか、よく売る店があるので紹介
するということになった。
その店は【坪売上日本一】ということで食品の専門誌などにも
紹介されている店だった。
店は60坪ぐらいだったか、店の大きさの割には従業員がいっ
ぱいいて、対面で野菜を売ったり、鮮魚売り場ではイカを売る
担当者が袋に入れてお客様にわたしたり、とにかくいたるところ
に従業員がいて、お客様に商品を渡したりして人海戦術で売り
上げを作っている店舗だった。
そして事務所に通されて私と私の店舗に入る惣菜をする先輩
そしてそこの社長とで話をした。
私はいきさつを話し、3号店は2種の大型店舗(売り場面積が500
平米以上の店舗)なので惣菜をどうして行ったらいいか教えて
上げてくださいと言った。
社長は惣菜の話は少しはしたが、売り場面積が日本一になって
ることでその話を自慢げにしはじめた。
私はしばらくはおとなしく聞いていた。
でも、たしかに売り場面積日本一と言われるとすごいなと誰もが
思うだろうが、私はそのこと自体はそんなにたいしたことかなと
思っていた。
店舗を見学したが、たしかに売上が高いと仕入れ力が上がる。
そしたら商品も安くはなる。
でも、そんなに目を見張るぐらい安いとかんじるほどではなかった
からだ。
私はどこに行っても思っていることはつい言ってしまう。
紹介してくれた業者の顔はつぶすようなことはしないつもりだが
がまんできなくなるたちなのだ。
私は社長に言った。
「たしかに売り場面積日本一はすごいとおもいますが、実際は
どうなんですかね。
お客様はたとえば売り場が広くてゆったり商品を見て買うことが
できる店と狭い店でぎゅうぎゅう詰めの店だったらやっぱり余裕を
もって買える店の方がいいとおもうんですがね。
そして、私もそうですが売上が200万円以上ある店の場所はマ
ークします。
ゆったりした店をつくったらお客様をとれるとおもいますから。
ましてや売上が60坪で4~500万円あれば当然ターゲットに
なりますよ。
私なら近くに場所がないか探しますから。
だからここでもそんな人は絶対いると思います。
店は人海戦術で従業員がたくさんいましたが、全部社員でしょ。
店の売り上げが落ちても切りにくい。
普通は人件費は経費の3割ぐらいですが、見たところ4割以上
もしかしたら5割超えてるかもしれない。
周りに店舗ができて売上が落ちた時に経費倒れするんじゃない
ですか?。」
社長はかなり怒って惣菜をする先輩に「あなたもこの人について
いけばまちがいないですわ。」と強い口調で言った。
私はまたやってしまったか^^;とおもったがまぁいつものことだし
と思い、べつに後悔はしなかった。
思っていても言わないよりは思っていることをいう方が気持ちは
いいからだ。
後に、そのスーパーは店舗展開し、4店舗ぐらいできたが、うまく
いかなくなり、業者を伝ってわたしに連絡してきた。
「あんたが言うようにまわりに店ができて経営がきびしくなって
どうすることもできないので、知恵をかしてほしい。」と言われた。
しかし、少したって、息子が店を整理したと聞いた。
こちらがどうにかなるかもしれないとおもっても
社長がなんとかしたいと思っても
後継は生みの苦しさを知らない
実際には内容を見ていないので何とも言えないが、何とかしようと
いう気持ちが有り、従業員も同じ気持ちを持っていればなんとか
なることは多い。
あれだけ社長に言いたい放題だった私にわざわざ連絡くれたのに
と思うとなんか悲しくなった。
旅行会社から会って欲しいと会社に連絡があった。
私は「何かな~。」
またうちの会社で慰安旅行あると思ってるのかな~
でも、そんな話したことないし・・・
ということで何かわからないが会うことにした。
会ってみると旅行会社の言うことには、シーズンオフ
になると、利用客が少なくなるのでその対策として
無料のバス旅行を企画しているんだそうだ。
私は「それでどうしたらいいんですか。」と聞いた。
旅行会社は、「スーパーのサービスカウンターもしくは
サッカー台の場所で申込用紙を置かせてもらう、または
お買い上げ1000円以上でレジで応募用紙をもらえる
というような手段でお客様に渡してもらって申し込んでも
らいたいんです。応募用紙やポスター、応募箱などはこ
ちらで用意させてもらいます。
スーパーのチラシなどに1等ペアで温泉旅行、2等ホテル
のお食事券、3等日帰りバス旅行とかで載せるという方法
もあります。」と言った。
私は「全部出してもらえるんですか~?。」と聞いた。
旅行会社は「いえいえ、1等、2等などは店で用意して
もらって、私どもはバス旅行に招待するということが多い
です。」と言った。
「まぁそれでもお客さんの集客にはなるな~。」と言うと
旅行会社は「別にバス旅行だけでもいいんですよ。」
そういう風にする店もあるだけで。」と言った。
私は「それで何名ぐらい招待してくれるんですか?。」
と聞いた。
「一応、1000名招待という風にしたいんですが。」と言
ったので、「それはそれで実際は何名ぐらい行けるんで
すか。」と聞いた。
私は歌い文句は【1000名日帰りバス旅行ご招待】でも
実際は1000名なんて無理だろうと思ったからだ。
でも旅行会社は「いえいえ、1000名前後は招待します
し、実際はもっと多くなることもありますから。」と言った。
私はその話に乗ることにした。
当時は店舗が2店舗しかなかったが、5店舗ぐらいの時は
3000名になったと思う。
とりあえず、店長会議で話し合い、そのときは1等はペア
旅行をこちらで用意し、2等は商品券を2万円、そして
3等に1000名バス日帰り旅行としたと思う。
申し込み人数も2000人以上はあったと思う。
旅行会社にも感謝され、また次もお願いしますと言われた。
お客様も、ありがとうございましたと店に電話があったり
私がレジ付近にいるとお客様が「いかしてもらったんですよ。
ありがとうございました。」と言われたりした。
そこで私は「なんで無料で招待できるの?。」と聞いた。
旅行会社は「お客様は当たろうとして家族みんなの名前で
応募したりします。
私どもは応募用紙から申し込まれたお客様を調べて、夫婦
で申し込まれていたら1人だけ当選とし、当選者が5000円
払っていただければ、一人追加でできますよと当選ハガキに
書くんです。
夫婦で申し込んだ人はたいがい追加で5000円払って夫婦
で参加します。
そして、ツアー先にはみあげもの店がありますが、そこに
バスを止めたらそのみあげもの店は儲かりますのでマージン
をもらえるようになっております。
当然、食事するところもそうなっていますので。
それにシーズンオフは観光客が少ないので私どもも、ツアー
先もお互いうるおいますから。」ということだった。
旅行会社も、旅行の利用者がないシーズンオフでも従業員
に給料をはらわなければいけないのだ。
それを無料バス旅行という形でうまく活用しているのだ。
だからバス1台に30名のるとして30台以上のバスがいる
のに大丈夫かなと心配する必要はないのだ。
シーズンオフでバスはいっぱいあるのだ。
でも、応募が多い場合は2日に分けて決行するそうだ。
なるほど、上手くなってるんだなと思った。
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