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事件の真実
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スーパーをするには様々な商品の納品業者に入ってもらわなければ

ならない。

入ってもらうのも難しいのにオープンに対しての協賛金も集めなけれ

ばいけなかったのだ。

いとこの●ルヒのスーパーの業者は社長が「納品してどうなっても

しらんぞ。」と言われ入れることができなかった。

別にいとこの社長が「入れるな。」と言っていなくても納品業者は「い

れるな。」と言われていると思うのだ。

私はそんなことは最初から予想していたのでいろんなスーパーに修

行に行って様々な業者と交渉してきたのだった。

牛乳屋、うどん屋、豆腐屋、練り物、パン屋、雑貨屋、蒟蒻屋、漬物屋

などと交渉していった。

一緒にスーパーをするために●ルヒに入った友達のSの顔を立てるため

に入れたい納品業者と交渉してもらったがいとこのスーパーの納品業者

しかしらないために当然すべて断られたのだった。

でも、一番難しい一般食品の卸業者は、以前私がいろいろなスーパー

で修行時代、あるスーパーの店長をしたのだが、その店があと半年で

閉めるということが決まった時にそこに納品していた一般食品の卸業者は

納品を断ってきたのだった。

私は以前関わった食品業者に「もし、この店が支払いできなかったら私が

代わりに払う。」と言って納品してもらったことがあったのだった。

そして店が100万円近くを払えなくなり私が代わりに払ったのだった。

するとその食品業者の社長が「もし、あなたがスーパーをすることがあれ

ばうちの会社が入れさせてもらいます。」と言ってくれたのだった。

その一般食品の会社が納品してくれることが決まっていたのであまり

不安はなかったのだった。

私はオープンケースを使う業者に「このケースを使ってお互いが商売

していくのだから1尺10万円を協賛金として協力して欲しい。」と各

納品業者と交渉していった。

中には「中古のケースで協賛金をとるの?。」という納品業者もいたが

私は「商品が入ったら古くは感じないでしょう?儲かったらすぐに新しい

ケースと入れ替えますから、それに協賛金をもらう以上は併売(商品

に対して複数の業者を入れること)はしませんから。」と言っておしき

ったのだった。

協賛金は400万円ぐらい集めたのだった。

アイスクリーム冷凍食品の納品業者はS部長が連絡を取ったが「周りが

田んぼだらけだから納品できません。」と断られた。

S部長がもう1社連絡をしたらそこは納品するということだった。

しかし、オープンを1週間後にひかえた時に「支払いは10日ごとに

してほしい。」と言ってきたのだった。

私は「ほかの納品業者も末締めの翌月20日にしてもらっている

その条件でないと納品してもらわなくて結構です。」と言った。

その業者は「でも代わりの業者と言っても時間がありませんよ。」

と言った。

私は「別に最悪アイスクリームや冷凍食品がなくても店はできます

から入れてもらわなくていいですから。」と言って断ったのだった。

私はオープンまじかだからという弱みにつけこんで違う条件で納品しよう

という業者とは一緒に仕事はしたくなかったのだ。

私は以前店長を任されていた店でフォローが悪いので納品を断った

業者に連絡をして納品できるようになったのだった。

担当者は私のことを忘れているようだった。

小さな店だったので印象が薄かったようだった。

冷食アイスの担当者は「どこかでお会いしましたか?。」と聞いた。

私は「以前行ってた小さい店で聞いていたので。」と言ってそれ

以上は話をしないようにしたのだった。

断った業者に助けられるのが少し気まずかったのだった。

 

一般食品の業者はもう1社入ってきた。

今から思えば信じられないことだったが全国2位の食品会社●食だっ

た。

それも修行時代に行っていた店の納品業者だったが一般食品は

様々なメーカーに対して強い弱いがあるので複数入れるのが当たり前

だったが私が若く実績もないことから無理だと思ったが連絡だけはした

のだった。

「ある納品業者なんですが調査して欲しいと依頼があったのできました。」

と人が訪ねてきた。

私はありのままに今の状況などを話した。

その調査員は後日食品会社の展示会で会うことになる●食の人だった

のだ。

そのときに「何故納品することが決まったのですか?。」と尋ねた。

●食の人は「年は若いし、資金もあまりないことは聞きましたがあなたが

あまりに自信たっぷりなんでおもわず入れることにしてしまったのです。」

という話だった。

様々なラッキーの積み重ねで無理やり進んでいく私だった。

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スーパーに必要で一番お金がかかるのがオープンケースだ。

オープンケースとは牛乳や肉、魚、野菜などを陳列するための

冷蔵ケースだ。

当初、●ジタカという会社と交渉し、リースを組んでもらって入れ

る予定になった。

売り場面積が小さいといってもオープンケースは2000万円はか

かるものだった。

●瀬さんは「料率(借り入れの利息のようなもの)の問題だけで

すね。」ということだった。

●瀬さんと若い2人が担当になって動いてくれた。

市場調査で売上予想をだしてくれ、日の売上予想は80万円だっ

た。

私は経験が浅いにも関わらず、誰がやっても80万なら自分達は

倍の160万円は行くだろうと自信たっぷりだった。

そして売り場のレイアウトや看板のデザインなどが決まっていった。

看板のデザインができ、建物に店舗の名前のロゴとトマトのイメー

ジのマークはできても道路側から観える支柱看板は作る予算が

なかった。

工事は地元の工事業者に委託した。

オープン後の月末に払うということで予算は1000万円だが当然

売上でしか払うことができなかったので当然だった。

天井や床、正面玄関は出来上がった。

あとはオープンケースが入ればなんとかなるといったところだった。

レジ●ラオカというレジ会社に●ックより高くてもおたくから入れる

から近い値段で出してくれと頼んだ。

●ックはいとこのスーパーに修行に行っている時にそこのレジ会社

の担当に「近いうちに自分でスーパーをするのでポスレジを入れた

い。」と言った。

するとその担当者は「よほどの金持ちか信用のある人しか入れませ

んから普通の手打ちのレジにしたら。」と言ったのだった。

だから●ックからは絶対レジはいれないと決めていたのだった。

当時はポスレジも高く、540万円かかったが、見ず知らずの近所の

クリーニング屋の●田さんとうちの親戚が保証人になってくれたので

入れることができた。

しかし肝心なオープンケースが●瀬さんはリースが簡単に通るように

言っていたが通らなかったのだ。

●ジタカの若い担当者の2人はなんとかほかの資金を回して年末まで

待てるようにしますから入れましょうと言ってくれたが、はっきり言って

2000万円近くする支払いを半年で作る自信はなかった。

中古ケースを売っている店で一部を分割で買い、残りは別の冷凍機

の業者から割賦販売で分割で払っていくことでなんとかギリギリ手配

できたのだった。

しかし、運転資金もない現状を何とかしなければいけなかった。

でも、オープンショーケースが入った夜は「これでなんとか店はオープン

できる。」という嬉しさで何もない店内で一夜を過ごすのだった。

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創業時にはお金がないため倉庫物件を借りてスーパーを作るという

計画だったのですが、なかなか困難な道のりでした。

半年間働いて、後の半年は●王寺まで電車で行き、歩いて帰って

くる道で、ふさわしい物件がないか探すのでした。

毎日30キロ以上歩きました。

靴は1ヶ月でボロボロになりました。

帰る途中で不動産屋があれば寄り、物件がないか聞いて回るという

感じでした。

しかし、当時は私は25歳でヤンキーっぽかったのでなかなか相手に

してくれませんでした。

喫茶店でバイトをしていた時に知り合った喫茶店のチェーン店の元

社員とそのチェーン店で店長をしていたKさんはスーパーが出来た時

にいっしょに働けるようにスーパーで修行していました。

今思えば、風体も良くないし、お金も持っていない私が店を作ることが

出来ると思っていたのが不思議でなりませんが、Kさんなどは子供が

2人もいたので今思えば本当に冒険だったと思います。

事を起こすには人、物、金が必要ですが本当に無謀な賭けだったと

思います。

私の計画では親父が青果業をしていたのですが、うまくいかなくなっ

て廃業し、借金があるので家は持ち家でしたがそのままではなくな

るので親父の借金は私が返すので家を担保に勝負を賭けるというも

のだったのです。

家を担保にお金を借りたとしても1000万円ぐらいでその予算で

店を作るという無謀な計画でした。

スーパーができる物件といってもマンションの1階の店舗物件では

なかなか100坪の物件はありませんし、あっても保証金がないの

で予算でできるのは倉庫物件しかないとおもいました。

●東建託の本社に行き、そこは倉庫物件を扱っているので、そこで

全部の物件を見せてもらいました。

こちらの要望としては建坪が100坪の物件を探していました。

売り場面積を60坪としてあとはバックヤードという感じで考えていま

した。

それが最低限、店をするのに必要な大きさだったのです。

市条例の要項で市によってちがうのですが、大体は売り場面積が

200平米までが話し合いをしなくても出店できる大きさだったので

す。

当時は市の調整といっても市場や商店会の反対が割と多かった

ので、それらを避けるためには売り場面積60坪がベターな選択

でした。

●東建託の物件で要望に合った物件は100物件ほどありました。

それらの中から出来そうな物件が10物件ほどでした。

それらを見て回り、4物件ほどが私の要望に該当していたのです。

そうこうしている時にわたしがスーパーの物件を探しているという

噂を聞いてKパンの開発化の担当者が私を訪ねてきました。

そしてその担当者は車に私を乗せていろいろ出来そうな物件に

連れて行ってくれたのです。

M市の不動産屋にも私を紹介し、Kパンの担当者は私を信頼できる

人ですと強く押してくれました。

そしてその不動産屋から連絡があり出来そうな物件を紹介して

くれたのです。

その物件は私がしぼった4物件よりも良かったのは

私の実家に近いこと、

建坪が160坪近くあり将来売り場を広げることができること、

裏に駐車場が7台ぐらいあり、従業員の車を止めることができること、

産業地域なので道路の路肩が広く、お客さんの車が止めることがで

きること

私の大学の時の論文で地域開発という題材でその地域を調べた

ことがあり、将来的に開けることがわかっていること

それらの条件からこの物件に決めて交渉したのでした。

当時は周りが田んぼだらけで一見すればどうかなと思われるので

すが、私は直感的にここは行けると思ったのでした。

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店舗をオープンするのに難問が目白押しだった。

 

近隣の商店会の反対運動

 

資金不足

 

魚屋が決まっていない・・

 

でも一番肝心な問題があった。

 

会社の創業時、会社の名前がきまっていなかったのだ・・・


当然店舗の名前も決まっていない・・


オープンまであと3週間弱・・・


夜にはいつもどおりビデオ屋にアダルトビデオをみんなで


借りに行くが肝心の店舗名は真剣に考えてくれない・・


私のコンセプトとしては


スーパーマーケットでもコンビニエンスストアでも違和感が無いもの


覚えてもらいやすいもの


濁音がなく発声しやすいもの


ということが条件だった。


みんなに急かすと「スーパー○○●●」でいいんじゃない?と


S部長・・


人の名前だwwださいだろ~~~


私なりに必死に考えた。


そして電話帳で最初に出てくるように「ア」から始まらないとな~


輸入車の会社の社長や引越し屋の社長もたしかそう言ってた。


そして濁音のない3文字が覚えやすいということだった。


そしていつもどおりに深夜までAV鑑賞をした。


喫茶のチェーン店の店長をやめて参加したKさんはいつも洋物で


気持ち悪かった・・


それに比べてパッケージを見ただけであたりを引く私は


さすがだった^^


そして遅くまで起きているので次の日起きるのはお昼頃だった。


いつも「笑っていいとも」でタモさんを観てからオープン前の


打ち合わせに現場に行くのだったが


タモさんを観ていてひらめいたのだった。


「ア」からはじまる濁音のない3文字・・


そして会社名はア●●となったのだった。


看板工事も会社名の登記もぎりぎりだった。


会社名の意味はお祭りという意味もあるけど


改善するという意味もあった。


まさに業界を改善すると思っていた私にはもってこいの


名前だった。

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私が当初、会社を創業するにあたって目指しているものが

あった。

親父とは仲が良くなかったというか好きではなかったが、

家が青果業をしていたのでスーパーをやるからには青果だ

けは負けたくなかったからだ。

いとこのスーパーも青果が評判の店だったが自分の目指す

イメージではなかった。

スーパーを創るにあたっていろんなスーパーを見学した。

今はパートにでている主婦も多いので夕方でも新鮮な野菜

や果物を提供できるそんなスーパーを目指したかった。

野菜を売り場いっぱいに積んでボリューム感を出している

スーパーもあるが重みで下の野菜がしおれているような売り

場は好きじゃなかった。

いろいろなスーパーを観に行ったがわたしのお気に入りは

茨木のニッショーだった。

初めて行った時に私は売り場を見て釘付けになった。

商品の陳列もカラーリングが考えられていて綺麗な売場だった

が、一番目についたのが大根が立って陳列されていたのだ。

下にはクラッシュアイスがありそこに大根が突き刺すような形で

陳列されていたのだった。

ほうれん草や菊菜なども立てて陳列されていた。

私は定員に「どうして大根を立てて陳列されているんですか?。」

と聞いた。

定員は「野菜や果物は自然にある形で陳列するのがいいんです。

大根を寝かすと性質が立とうとしてエチレンガスを出し、劣化する

ので自然な形が商品にはいいんですよ。」と答えてくれたのだっ

た。

従業員も言われたままに陳列してるのではなくて、ちゃんと説明

を受けていて陳列してるんだなぁと思ったのだった。

それからニッショーの青果売り場の本を買って勉強した。

ニッショーではお客さんが多いのに商品をいっぱいに出さないで

葉菜類などは産地からつくまでに弱ってるのを冷塩水処理機で

浸透圧を利用して蘇らせて加湿器のある保冷庫に保管し、売れた

分だけ補充するのだ。

いとこのスーパーでも買ってきた時が一番新鮮だと言っていたが

それは間違った知識だったのだ。

ニッショーも本をだすのはその知識を他で真似られてもおそらく

もっと先を行っているので困らないので出しているのはわかって

いるが、真似ることからはじめよう。

足りない部分はほかの事で乗り越えられるんじゃないかとおもって

いたのだった。

店を創り担当者と話し合い、青果の売り場はどこにも負けないもの

を目指したのだった。

青果に関してはいろんな機械買うお金は惜しまなかった。

そして青果が評判になり店は繁盛していったのだった。

よくスーパーは肉や魚でよしあしを見られることが多いが単価は

安いがアイテム数が多い青果のいい店が大事だと思った。

たいていのスーパーは青果売り場からはじまる。

自分が感動した売り場をお客さんが見て同じように感動を与える

そんな売り場を目指したのだった。

肉にも魚にも青果はつきものなのだから。

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流通業界に30数年携わってきた中で起こった事件をつづっています。10数年前に事件に巻き込まれた際、「真相さん」という2ちゃんねるのスレのなかで多くの支援者に支えられ、立ち直れたことに感謝の意を唱えます。
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