一般の人もよくコンビニなどで従業員がバーコードに光線
を当てて発注しているところを見たことがあると思う。
私は創業して3ヶ月後に十二指腸潰瘍で入院した時に
私は担当を持っていないから入院しても店は営業して
いけるが、社員が病気になればたちまち店が回らなくなる。
私は創業時に「10年後にはよほどのチェーン店でないと
大手に押されて生き残れない。
どうせやるなら年商50億円以上にして全国小売店舗の
50番以内に入ろう。
でもみんながひとつの店だけで一生食べていこうと
いうのなら最初から店を作るのはやめよう。」と言った。
だから最初からチェーン店にするために私は担当を
持たなかったのだ。
今から考えたら、なんと強気だったんだろうと思う。
だから社員が病気になったりしても店が回るような仕組み
を常日頃から考えていた。
1号店がオープンして1ヶ月ぐらい経った時にK産業という
食品会社が自社のバンシステムに入ってもらえないかと
言ってきた。
システムの使用料はタダですからということだった。
しかし、私にはタダという言葉にはすごく抵抗があった。
「どうしてお金がいらないんですか?。」と聞くと
「食品会社がVAN会社にお金を払いますから店舗は
タダで使えるんです。」ということだった。
私は「食品会社が使用料を払ってその分商品の値段
が高くなることはないの?。」と聞いた。
K産業の担当者は「私どもは私どもでメーカーから
使用料を取りますから大丈夫なんです。」ということだった。
私は人とは考え方が違うのか、自分の店が発注して
ほかのところが儲かるという図式は嫌だった。
私はVANシステムを自社で作れないかと考えた。
それもレジと連動させて商品が少なくなったら最低個数を
設定することにより自動的に発注するシステムを作ろう
と考えた。
さっそく、レジ会社に相談したが、レジ会社は作れないという
ことだった。
だったら自社で作るのでレジからのデータを光ファイバーで
引っ張って抜き取ってもいいかを聞いた。
当時、そんな発想はなかったのでレジ会社はレジの書き込み
レコードを渡すのでそちらで作って欲しいということだった。
しかし、レジのデータレコードをもらえるということは画期的な
ことだった。
それを作ればT社のレジを入れている店舗に発注システムを
入れることができるんじゃないかと思った。
私はレジレコードを渡すことを条件にシステム会社に無料で
作ってくれと相談したら「やらせて欲しい。」と即答された。
そしてバーコードを読んでも発注できるが、発注しなくても
レジのデーターを吸い上げて自動発注がかかるシステムを
作ったのだ。
そして当時VANシステムは大手しか受注する仕組みがなかった
が、それでは中小の業者の発注は手書きでFAXしかできない。
それでは発注時間も短縮されないので人件費も縮まらない。
私は自動でFAXにも対応するシステムに作ってもらうことにした。
それにはパートの時間短縮以外にもメリットがあった。
それは中小の業者からもシステム料が取れるというものだった。
当時のVANシステムもFAXに対応はしていたものの、FAXの場合
は1枚100円と高額で、1つしか発注がなくても100円。
20個でも100円というものだった。
だから当時は中小の納品業者はシステムに参加しなかった。
VANシステムは基本料金8000円、それ以外に1アイテムの発注
で2円というのが相場だった。
我が社は全国初のネット配信型でレジ連動型の発注システムを
作ったのだった。
今でもVANシステムは電話回線を使ったものがほとんどだが
当時からパソコンをつかったインターネットでの発注にいつか
なると思い、ネット配信型のシステムを25年以上前に確率した
のだった。
VAN会社でなく自社でVAN発注システムは全国初。
レジと連動しているのも全国初。
ネット配信型というのも全国初だった。
我社の納品業者の入る条件にシステム参加を義務付けたため
1店舗あたりのシステム収益は30万円前後になった。
システムも何もしなくてよかったため5年後には無人君が
固定費はネット回線代だけで毎月250万円前後の収益を確保し
たのだった。
世の中にはタダというものはないのだ。
タダというものがでていたらどういうふうにお金が流れているかを
考えることだ。
どこかにお金を生むチャンスが隠されているものだ。
活性化市場Sをつぶしてまもなくのことだった。
M店の肉のテナントとして入っていたH総本店のH社長が、
同社の部長と我が社にやってきた。
話を聞くとH社長は50坪ぐらいのスーパーをしていて、その
100メートル以内に活性化市場E(スーパー形式)があり、
押されていて売り上げも30万円ぐらいになっている。
できれば私の会社で代わって営業してほしいとのことだった。
わたしの方はSとの戦いでやっと勝ったばかりで、代わって
やるにしても運転資金もなかった。
それに活性化市場Eは活性化の成功例として知られていた。
いい話だったが返事は少し待ってもらい、どうしたらいいか考
えてみた。
社員とも話してみたが、社員はみんな相手がどこでも勝てる
というような勢いだった。
でも活性化市場Eは売り場が250坪ぐらいある大きなスーパ
ーだった。
私はH社長のスーパーや活性化市場Eを何度も見て回った。
市場Eの店頭に店頭販売のイカヤキ屋があり、うちの店にも
きている人だった。
話をしてみると、そこそこお客さんがはいってると言うことだ
った。
店の売り上げ
私は朝一番に買い物に行って、また終わりの時間に買い物に
行った。
並ぶレジは朝並んだレジだ。
レシートには何処の店でもお客にナンバーが振られているので、
そのレジが何人のお客さんをあつかったかがわかるのだ。
よく使うレジ2台ぐらいと、あとはピーク時の様子を見ればほとん
どわかる。
あとは一人一人のお客さんの買い上げ点数で1人平均いくらぐ
らい買ってるかをみれば店の売り上げはほぼわかります。
活性化市場Eとの戦い
私は今の店の閉店時間を夜の8時から10時に変えて、一日2
時間延長でで5万でも売り上げが伸びればちょっとでも運転資
金ができるとおもい、それだけではむずかしいが、H社長の店
をすることにした。
店長には口うるさいK主任を持ってきた。
気分的には素人から入ってきてかなり実績を上げているイケメン、
I社員をもってきたかったが、I社員にはもっと大きな店で活躍して
もらいたかったため、次に期待してもらった。
店は表から中が見やすい店で、店内の装備も店の大きさから
すれば重装備だった。
力が出せる最大限の店にした。
倉庫も作業場にしたので、自分の従業員の車を止めるために
借りている駐車場を余分に2台分借りてトラックのコンテナを置
かしてもらい倉庫代わりにした。
お客さんの駐車場はなかったが、別にきにしてなかった。
オープン
店舗を借りて一月でオープンにこぎ着けた。
いつもながら前の日は徹夜だった。
社員は今まで何度も売り出しを経験してきたため、2店目にも
かかわらず、オープン慣れしていた。
初日の売り上げは500万円をちょっとわったが、ロケーション
や売り場の大きさから考えればまぁまぁだった。
それでも道路まで自転車があふれて大変だった。
レジは3台しかおけなかったのでお客さんの列は折れて曲が
っていた。
店内は身動きがとれない状態だった。
店頭販売の米やティッシュ類もめちゃめちゃ売れていた。
オープン3日間で店も従業員もぼろぼろになっていたがみんな
で飲みに行きすぐリフレッシュしていた。
このころはやたらみんなで飲み食いにいっていた。
一番楽しかったころかも知れない。
特売、特売で当初から押しまくった。
活性化市場の店舗は各部門が個人商店のため、部門を決めて
集中して攻めれば、個人の商店から潰れていく。
それに、大抵はコンサルなどに店づくりを任せるために普通に
店を作る費用の倍ぐらいの予算で店を作られることが多い。
コンサルなどは市などの助成金を引っ張るという口実で
お金の心配は要りませんからといって商人を安心させるが
たしかにお金は引っ張れるかもしれないが、その分高い
買い物になり、商人には高額な借金を背負わせるのが
ほとんどだ。
商人はいい店ができたなどと喜ぶが、損益分岐点は
コンサルができそうにもない売上予想を出し、いけますからと
嘘を言って店をつくる。
実際に儲かるのはコンサルだけで、開店そたあとは
知らんふりというのがほとんどだ。
コンサルはフォローはしないで、店を作れば大金が手に入る
ようになってるのだ。
冷凍機器の会社、レジ会社、テナント紹介、申請代行
建設工事業者、などから仲介料を巻き上げるのが
ほとんどだ。
商人たちはどうしたら店舗を作れるのか知らないので
任せっきりの商人にも問題があるが、そんなものである。
コンサルは1店舗作って何千万も手にするのがあたりまえ
のようになっている。
それに、商人は店舗展開しないので、その時にとっておかないと
取れないということもある。
レジの金額にしてもそうだ。
チェーン店がレジを買う金額と商人が買う金額とでは
信じられないことだが倍は値段差があるのだ。
だからコンサルは難しい場所でも店舗をつくり、イカサマの
売上予想でオープンさえさせればお金になるので無茶な
場所の店舗も多かった。
そして、商人は一般食品のことを知らない人がほとんどなので
高く食品を買わされていてもわからない。
コンサルはオープンのチラシに食品を安く入れるが、コンサル
自身、店舗を持ってるわけではないので安く仕入れられることが
少ない。
オープンしてしばらくしてかなりの損がでて、初めてわかるのである。
そしてコンサルに損金がかなり出たといってもコンサルは、お客さん
がかなり入ったでしょ。
仕方ないですよ客寄せのためなんだからと開き直るのである。
従って、活性化市場は固定費が高くなる。
そして各部門が社長のため人件費も当然高い。
相当な売上がないと成り立たないのである。
だから売上を少し削られただけで成り立たなくなるのである。
新店の最初の一月は売り上げは120万円平均だった。
しかしE店の休みの日には300万をこし、店のうりばがぼろぼろ
になった。
大変なのでEの休みの日にはチラシを入れないようにした。
しかし、次第に売り上げは伸びていって、200万円に近づいて
いった。
毎日、狭い売り場なのに従業員はみんなフル稼働でへとへとだ
った。
そして数ヶ月で平均売り上げが2百数十万になったとき、E店は
つぶれた。
2号店Tの出店は大成功に終わった。
E店の前で店頭販売をしていたおじさんはT店で店頭販売をする
ようになった。
前よりも売れるとお世辞をいっていた。
でも狭い店頭なので特売の日は店頭販売は入れなかった。
おじさんよりもお客さんの自転車が優先ですから・・
市場の活性化というものは昔から地域のお客さんと親しんで
やっているので強いようにおもえるが、実際はかなり立地条件
が良くて、競合店舗が来にくい場所でないとなりたたないので
ある。
私のスーパーは青果には自信があったが売り場面積は圧倒的に
不利だった。
総合力で圧倒的に勝っているとは言えなかったが、それでも
固定費の差で活性化市場は潰れるのである。
よくスーパー業界では出店の際に市場の商店会などと話し合
いを持つケースが多々ある。
その中で必ず出てくるフレーズは、お互い町の繁栄のために
共存共栄していきましょうというものである。
でも限られたパイの中で商売をしていくわけで、最初に店を出す
ときに反対運動をされたから言うのではないが、実際は仲良く
共存共栄などあり得ないのである。
出る方も多額の借金をして出店するわけで、当然社員の未来や
生活がかかっている。
お互い正々堂々と戦いましょうと言うことが本音であった。
M市に(大手のスーパー)の出店がきまったときに、私たちの店
の出店を反対した市場の人たちが店にやってきた。
「一緒に反対してくれ、あんな大きなスーパーができたら
あんたらも困るやろ。」
といってきたことだった。
私は「あんた方は自分たちが困ったらやれ反対だと言うけど、
大手を誘致しないといつまでたってもM市の駅が良くならな
いじゃないですか。
それに今まで公設市場はどこもいい場所にありながらスー
パーにお客さんを取られていくのはあんた達の経営努力が
足りないだけじゃないですか。
今時一週間に一回ちゃんと休んで終わる時間も早い、盆や
正月もめいっぱい休むのはあんたらぐらいですよ。
そんなところばっかりだったら市民が困るんじゃないですか。
税金を払わない市場の商人よりも、払う大手の方がいいに
決まってる。
それに相手が大手でも商売で負けたんなら仕方ないじゃな
いですか、反対されてつぶされるよりはね」と言った。
市場の代表者は私が何というかはだいたいわかっていたようだ
った。
でも私もいつの間にか少し興奮していたようだった。
きっと最初の反対運動を思い出したからだろうと思った。
でもきれい事でも何でもなく、本当に町が良くなれば人口も増える。
町並みは整備され、住みやすくなることは誰でもわかることである。
不景気だと言う人が多くいてもはやっている店はたくさんあり、そ
んな店は必ず何らかの経営努力をしているものだ。
スーパーを見に行って参考になったものはたくさんあったが、市場
にいって感動したことは皆無だった。
最初に店をするときにみんなで茨木のニッショーに行き、いつか一
店でもこんな店をつくろうとみんなで誓ったものだった。
当時のニッショーの売り場には感動があった。
市場の人にはきっと目の前しか見えていなくて、「何とかちょっとで
も生き延びよう、反対してちょっとでも多くの賠償金をもらおう。」そん
な風にさえ思えた。
市場の人からどうしたらいいか見に来てほしいという声がかかること
も多々あった。
市場のそこそこ年輩の人からたのまれれば、金にならないことが好
きな私は出かけて行く。
何処が悪いかは見ればわかるが、市場はみんなが社長であって数
もいる。
結果はすべて一緒で、意見がまとまらない。
もともと私のような若造のいうことなんかは聞くとは思っていないが、
昔は人がはいったとか、景気が悪いからとかよそのせいにばかり
する。
でも根本的に市場などは体質が違うのである。
みんなが社長ならば当然給料も多くいる。
商品も高くしなくてはいけない。
一概には言えないが、私の知ってる限りでは出店する可能性がない
ので商品の仕入れは高い。
たしかに専門の業種は強いかも知れないが、グロッサリー、菓子、
日配関係はかなり差があるし、強く感じたことはない。
入ってる値段も商人達は知らなくてあたりまえだと思うが確実に高い。
実際に協力してほしいという声が聞こえれば、私も競合しなければ
できる限りの事はしたいがこのままではいつかだめになるとわかっ
ていても動かないものなのである。
私のところは後発なので柔軟だった。
ほとんどのチェーンストアのオーナーは一世代上ばっかりなので、
自分の会社だけで何でもしようとする。
たいがいは年商が100億円ぐらいのところが多いが、確か菱食で
シュミレーションで大手に負けないために自社物流、一括仕入れで
対等に戦うには年商がどれくらいないといけないかをやっていたが、
その時たしか300億円だったと思う。
どう考えても短期的には無理な数字だ。
ならば組めるところと組んでいくしかないんじゃないかと思ってしまう
のであった。
はなしはだいぶそれたが、年商も落ちて行くばっかりなのに組もうと
しない。
うまくいってる市場や市場の活性化は、ただ単に競合がきていない
だけに思えるのは私だけではないと思う。
それからよく市場は活性化をしてスーパー形式にするが、そのほとん
どは中にコンサルタントがはいってみんなをまとめ、市から大金を引っ
張る。
そしてほとんどがコンサルタントの言いなりになり、どう見てもそんなに
かからないようなものに大金を払い、コンサルタントを大もうけさせいな
くなられる。
ほんとはそんなにむずかしくないことでも市場の人たちでは無理だとい
う先入観を持ちすぎのように思える。
市も返ってこないに決まってるのに何故金を貸すのかとお思いだと思い
ますが普通は借金を負えば返せないと思われる商人も、昔のいい時代
の事が頭をよぎるに違いない。
そして実際はそんなに甘くなく返せない。
そして市は、普通ならば汚いままの市場や商人を借金を負わせることに
より追い出せるのである。
そしてその市場がした借金を市民が払っているのである。
わたしはいつも、誰かがちゃんと市場のことを考えて、成り立つよう
な金額で活性化をしてやれば、きっとたくさんの人たちが長く生活
していけると思う。
市場同士が組んで一括物流や一括仕入れをすればなおいい。
共存共栄はないといってるわたしがこんな事を言うのも変ですが、お互い
が切磋琢磨して競争することによって、もっと強くなっていくんじゃないか
と思うんですが・・・・・
2号店でレジのメンテナンスのためT社から夜遅くまでかか
ると連絡がありました。
レジ会社の作業が終わるまでだれかが残っていなければ
なりませんが、時間を聞くと深夜12時ぐらいまでかかると
いうことでした。
当時2号店の店長はK店長でそんな時間まで残れないと
言われました。
まぁ、店長とは言え、責任感が薄いのも問題ですが
時間的に余裕があるのは私だけなのでとりあえず、私が
行って、最後まで作業に立ち会うということになりました。
8時になって営業時間がおわり、従業員とスナックに飲み
に行きました。
とわいえ、私は飲めないのでみんなのご機嫌取りというか
12時まで時間を潰すには長いので、みんなの話を聞くと
いうこともあり、労をねぎらうついでに店舗の問題点などを
聞きました。
60坪弱の狭い店舗でしたが、近隣の活性化市場を潰した
ので、一日の売り上げが220~230万円ほどで、毎日か
なり、ハードな店舗になっていました。
毎日、終わる時間には台風が去ったあとのようなボロボロ
な売り場でした。
店頭は狭いのに自転車だらけになり、道路まで自転車が
あふれ、警察もよく指導にきました。
駐輪場をとなりに設けはしましたが、少し離れただけで
お客さんは邪魔くさがってとめてくれません。
倉庫もなかったのでとなりの駐車場にコンテナを2台設置し
倉庫がわりにしていました。
精一杯のことはしましたが、問題は山積みでした。
みんなは2時間ほどで、朝も早いので切り上げて、私は
店舗に戻りました。
でもレジ会社の技術担当にまだまだかかりそうだと言われ
ました。
たまらないな~とおもって暇なので本などを読んでいたら
ダイヤルQ2の記事が出ていました。
簡単な問題で50問、ハイ、イイエで答えてクリアすると
50万円もらえるということでした。
私は、暇なので店の電話(コードレス)を事務所から車の中
に持ち込みやってみました。
デビルマンとマジンガーZ・・・・ロボットはデビルマン(ハイ*
イイエ#)というような問題でした。
あまりに簡単な問題なのでいけるんじゃないかなとおもい
チャレンジしました。
49問まで来ました。
(漫画サザエさん~かつおの弟はタラちゃん)という問題で
ハイと答え・・・ブ~~~~
そうかww
タラちゃんはサザエさんの子供でかつおの弟じゃないやww
悔しいのでもう一回チャレンジしました。
しかし、今度は30問近くでコードレスのためか電話が切れて
しまいました。
そのとき、レジの作業が終わったといわれ、私は帰宅しました。
月に一度の店長会議があり、T店長が資料を作っている時に
電話代が異様に高いことに気がつき、調べたら深夜に電話し
てることになっているので、誰も店舗にいないと電話会社に
抗議してると電話がありました。
私はQ2のことを思い出し、T店長にそれはわたしで問題ない
からと言いましたが、T店長からはあきれられました。
Q2の電話代に2万円もかかっていました。
私は「だって50万円とれそうな問題なんだもん~。」といい
ましたが、「しかたないな~」と呆れた顔でいわれました。
まぁ私の立場がなくなる恥ずかしい事件でした。
私が自宅で眠っている深夜の2時、突然電話が鳴った。
私のお嫁さんは一度寝ると決して起きないので当然電話
でも起きない。
それは、時々朝方に帰っても12時に帰ったと言えば納得
するお嫁さんなのでこっちには好都合なのだが、帰ってい
るのをわかってもらうためにも電話で起きてほしいと思う私
だった。
電話に出るとセコムからで会社の事務所で警報を感知した
という連絡だった。
その時には直営店で5店舗あったので、その度に電話がか
かってきてはたまらないので、店長、主任、私と、そう言う場
合の連絡は3番目にはいってくるはずだった。
セコムの話だと、K店長は「寝てるからいけない。」と言わ
れ、I社員は連絡しても出ないと言うことだった。
「多分I社員は女と何処かにしけこんでるだろうから仕方は
ないが、寝てるからいけないと言ったK店長がその日始末書
の記録更新をしたのは言うまでもなかった。
私は「わかりました。すぐに行きます。」と答え、家からは25
キロあったM店にアイルトン セナが乗り移った私は車で飛ば
した。
会社に着くとセコムが表で待っていた。
私はセコムと一緒に店舗にはいって事務所を調べてみた。
しかし何の形跡もなかった。
確かに、店内の冷蔵ケースには温度センサーがついていて、
温度以上があったりして発報する事はよくあった。
でも事務所に至っては、いままで誤報はなかったのだった。
セコムの警備員は事務所だけが発報したという。
でも事務所にはいるにはどこかの入り口から進入しなくては
いけない。
でも何処も発報してはいなかったのだった。
私は、コナンか金田一が必要だとは思った。
その場所には金庫があり通常でも300万円以上、日曜の夜
だったら1000万円以上はある。
セコムは1000万円までの金額の保険に入っているので私
はそんなにあせってはいなかったが、警備員は必死に調べて
いた。
警備員は窓や事務所に通じている青果の作業場などを調べて
いたが誰も発見できなかった。
�事務所までは2カ所のセンサーをクリアしなければいけない。
�入り口、事務所とも鍵がかかっている。
�窓から出た様子もない。
�事務所は設計上しのびこむすきまもない。
�ネズミなどは事務所にいないし、ねずみぐらいでは感知しない。
まさに謎だった。
一応事務所の誤作動だったと言うことで帰ることにした。
当日、朝再びM店についた私は、K店長にこっそり始末書を書
くことを告げた。
K店長は何度か始末書を書いているが、他の社員は書いた記
憶がない。
K店長は、おもいっきり私と言い合いをして、1時間もたってい
ないのにそんなことを忘れて普通どおりに接すると言うような
社員で、まだ怒っている自分がばからしくなる。
そんなあっさりした店長だった。
始末書は恒例のようなもので、それによる処分はいっさいない。
いわば私とK店長の一種のコミニケーションのようなものだった。
みんなに朝の出来事を話したが、みんなは結局「セコムの誤作
動じゃないですか。」と言う返事だった。
これだけ人通りのはげしい事務所だからみんなの意見は当然
だった。
その日の夜11時半、K店長からセコムから連絡があったと電話
を入れてきた。
私はK店長に自分が行くから来なくていいと告げ、M店に向かった。
M店には、朝と同様にセコムが表で待っていた。
セコムは「警察に連絡しようと思ったんですが、どうも発報する順番
がおかしいので、とりあえず待っていました。」と言うことだった。
私は発報(警備システムがセンサーで感知し、知らせる)の順番を
聞いた。
事務所⇒台所⇒青果作業場⇒シャッター入り口 という順番だった。
セコムセンサー
| 窓 |
窓 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 窓 | リフト 階段 青果作業場 |
|
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 窓 | 2階部分 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
犯人は事務所にいて台所に行き、青果の作業場からリフトの隙間を
通って一階のシャッターの前に行ったことになる。
進入経路が反対だった。
以前心中をはかって死んでしまった〇島さん(パート)の幽霊か・・・。
でも、セコムの警備員といくら捜索しても誰もいない。
その日も空振りに終わりました。
「イタチとかだと神経質だから、あれだけ人通りの多い事務所なんか
にはいないと思うんですが・・・。」と警備員はいい、私は「あまりに誤
作動が多いといちど調べてもらわないといけませんね。」と言ってそ
の日も別れました。
次の日、M店みんなと昨日のことなどを台所で話しました。
みんなは「誤作動で何回も呼び出されたんじゃかないませんね。」と
いい、店では完全に誤作動扱いになっていました。
夜10時、店も閉店しアルバイトもまじえ、みんなで食堂で飲み食い
していました。M店の台所はいつも食料の山で、いつもみんなで30
分はビールやジュースを飲み、お菓子や冷蔵庫の食料を食べて話
をし、朝になるとパートが後かたづけをしてくれるのでそのまま帰る
のでした。
その後、私は閉店後も事務作業で遅くなりました。
どう考えても事務所からあらわれる侵入者など考えられないので、
私は少し気にはなりながらも作業を進めていました。
そして事務作業も終わり、会社のPCをインターネットにつないで
ネットサーフィンしているとするどい視線のようなものを感じました。
事務所の入り口付近をみても誰もいません。
周りをみても当然いません。
「気のせいか・・。」とおもい、また続きをはじめました。
すると今度は「に~」とかすかに何とも言えない奇妙な声が聞こえ
ました。
また周りを見てみるんですが誰もいません。
目線をふと下げるとなんと信じられないくらい大きな猫がこっちを見
ていました。
私と猫は10秒ぐらい、なんといもいえない間をもったあと、「ぎゃー
ー。」
私は声を上げると猫も事務所の隅の方に行きました。
わたしはそのすきに事務所から降り、セコムもセットするのも忘れ店
を出ました。
セコムにはセットするのを忘れたと言って、セットするように指示して
帰りました。
とてもあの猫がいる事務所に帰ってセットする事は怖くてできません
でした。
私は猫が怖かったんです。
幼いときに近所の友達が子猫を投げていました。
私はやめるようにいったんですが、友達は「猫はどんなに投げてもち
ゃんと立つんや。」と言いやめません。
なおかつ友達が縦回転させて子猫を投げたら子猫は頭を打ってしま
いました。
その瞬間、子猫は友達ではなく私に飛びかかってきました。
そして私の胸に両手の爪をひっかけ、私をにらみました。
しかしその後、そのまんまずるずるっと服にひっかかった爪が服をひ
っかきながら落ちていき、そのまんま死んでしまいました。
子猫が最後に見たのは私の目だったんです。
わたしはそれから猫が怖くなってしまったんです。
次の日、M店に行き、事務所であったことをみんなに言いました。
みんなは怖かったでしょうねといいながら目は笑っていました。
私は「こんな事務所でどこにかくれるんや。」といいながら、いつも
みんなが寝ているソファーのしたをのぞくとあの大猫が丸くなって
じっとしていました。
「ぎゃー。」わたしはまたおののきました。
みんなは猫を追いかけましたが、どうみても怖くて近づけないという
雰囲気でした。
猫はそのすきに事務所の窓から飛び降りました。
「逃げられたか。」みんなはあわてて下を見ると「どーーーーん。」
大きな音が聞こえました。
太りすぎた猫が地面に激突する音でした。
信じられない大きさの猫だったのでそれもありかなと思いはしまし
たが、あれだけ太っていたら受け身も糞もないなと思いました。
しばらく猫は動きませんでしたが、ささっと走る猫の姿とはかけ離れた
ゆっくりとふらふらした足取りで歩いていきました。
私は、台所でおいしいものを食べまくって口が肥えた猫の、これから
の暮らしを考えると気の毒で「がんばれ。」とエールを送るのでした。
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