私はホームページに来てくれた訪問者に教えられた
2ちゃんえるのスレに行ってみた。
すると私のホームページに対してみんながいろいろ
話し合っていたのだった。
私は思い切って「私があのホームページのものです。」
と言うと最初はみんな冷やかしだろうと思っていたようだった。
しかし、みんなの質問などに答えていくとすぐに本人だと
理解してもらえるのだった。
するとそのなかにある人が「いつ自殺を実行するのですか。」と
いう人が質問してきた。
するとほかの人たちがいっせいにその人のことを攻撃しだし
たのだった。
なかに事情通がいるのか「あの人は●●と言う人で人を
あおって記事にしたい人なので相手にしないで。」と言って
くれ、その人をどういう風に攻撃したのかはわからないが
いなくなるのだった。
そして私がどうしたいのかを聞いてきたので「地元の人や
債権者などに事件の真相を伝えたい。」と言うとみんなは
協力しようと支援者の形をとってくれるのだった。
みんなはホームページの長い文章をすべて読んでくれ
どうしたらわかりやすくなるかを助言してくれた。
ホームページが重くならないようにどうしたらいいか、
文章がわかりづらい点を要約してくれたりもした。
それまで私一人の孤独な戦いだと思っていたのが
一緒に考えてくれる人たちができたことがうれしかった。
それまでは自分はもう終わるのか・・としか考え付かなか
ったのが急に目の前が明るくなりだしたように思えたのだっ
た。
そして毎日、そのスレに来ることを約束するのだった。
それは、告発系の危険なホームページであるために
私の身をみんなが案じてくれたからだった。
みんなは私を励まし、生きる希望さえ持たせてくれたのだった。
2ちゃんえると言えばいろんな意見をおもしろおかしく
語るところだとばかり思っていたが、私に協力してくれる
100人ほどの支援者がそこにはいたのだった。
そんな中、私も身の危険があるのを考えて初めて大阪を
はなれて地方に行くことを決意するのだった。
その中に弟らしい書き込みがみられた。
支援者たちはすぐにそれを弟とわかったらしくその書き込みに
いろいろ意見をしたりした。
私も内心は弟は加害者だとは認識していたがH氏にそう
させられたと思いたかったので私が「ふれないでほしい。」
と言うとみんな私の意を汲んでくれるのだった。
支援者の中には私を心配してわざわざ滋賀県から様子を
みに来てくれる人もいた。
本当にありがたかった。
- ABOUT
- プロフィール
- 最新記事
- P R
- フリーエリア
