その日は、M本店のポスレジの基盤を差し替えるための作業が、
レジ会社によって行われていました。
夜1時ぐらいまでかかると言うことだったので、最後に店を閉める
ために私が残っていました。
だいたいそういう工事や修理があって遅くなるときは、私が残る
係りになっていました。
次の日の仕事に差し支えないのは、私ぐらいでしたから。
ですが作業は予想以上にかかり、作業が終わったのは深夜4時
過ぎになっていました。
その時にレジを起動させる順番が違うので、教えますから社長が
最初に起動させてくださいと言われました。
家まで飛ばして帰っても40分以上。朝は道が混むので7時半に
は出ないといけない。
かなり無理があるなと思いながらも私は家が完成し、新婚生活5
日目のことだったので帰らないわけにはいかず、家と一緒に買っ
たフェアレディーZで飛ばして帰りました。
時速135キロでねずみ取りにかかる
次の日朝起きると8時半を過ぎているではないですか。私は急い
でZを飛ばし車の間をぬって走り、制限速度60キロの外環状を時
速140キロ前後で会社に向かいました。
バイパスのところは先が見えにくいのですが、それでも車をぬって
走ると赤い棒を持った警官が3人ぐらい出てきました。
ねずみ取りです。
あまりのスピードだったので止まらないと思った警官は、反対に逃
げ出しました。
でも実際は、出てきたところよりも10m以上手前で止まりました。
警官の1人があわてて逃げたらしく、足をくじいて転けていました。
私のせいで転けたと言ってさんざんぼやかれました。
機械に135キロと出ていました。
私は、60キロ以上オーバーすると前科になると言うことで、手錠を
かけられ、腰ひもをつけられ、K警察に連行された。
警察署にて
警察署に着くと手錠はとかれました。
私はとりあえず携帯電話で、会社に連絡しスピード違反で捕まった
ことを部長に伝えました。
ポスレジの手順は電話で伝えました。最初から電話で伝えたら
よかったと思いましたが、事すでに遅しだった。
市会議員からも電話が何度もあり、「社長なんとかしますから。」と
いわれた。
でも、いつもしてもらう駐禁を取り消してもらうのとはわけが違うから、
無理じゃないかなと思った。
何故急いでいたかなど、調書を取るのに時間がかかった。
そして指紋を、両手の指先から手の甲に至るまで取られた。
最後はおきまりの写真です。よく犯罪者が取られている番号が(あ
〇〇〇)とかいうやつです。
正面と斜めから録られました。
しばらく待つように言われました。
警官の読み物は自慢本
足をくじいた警官が「君のおかげで朝から足はくじくし、いうてもしか
たないけど」と言い、暇だったらこれでも読むかと本を渡されました。
その本は警察官の本で「私はこうしてたくさん検挙しました。」という
警察官の自慢本でした。
警官の自慢話のオンパレードでした。
「こんな本が日本の警察を悪くしてるんだ。」と私は思いました。
そうこうしている間にお昼になっていました。
警官に「飯を食うか」と言われ、これはテレビでよく出てくるカツ丼か
なと思い「はい」と言うと、腰ひもをつけたまま食堂に連れて行かれ
ました。
まわりは警察官だらけでした。
おごりかと思えば自分で買わなければいけませんでした。
私はざるそばを食べました。
食堂には20人以上は警官がいました。あまり食は進みませんでした。
実録、警官捕り物帳
私1人のために簡易裁判をして今日中に終わらしますからと警官に
言われたので私はそんな大げさな物かと思いましたが、とにかく早
く終わって会社に行きたい一心でした。
私の回されている部署がにわかにあわただしくなりました。
なんでも盗まれたバイクがねずみ取りの現場近くに隠してあると言う
ことで、警官の1人が畑仕事の格好で現場に向かいました。
まだ昼の2時なのに「今日は徹夜になるかも知れないなぁ。」と言っ
ていたので、私は「警官もたいへんだなぁ。当然警官も残業手当が
つくんだろうな」と思いながらも、また手錠をかけ腰ひもをつけられて
二人の警官の護送でパトカーにのせられ裁判官のいるところに向か
いました。
行く途中、朝捕まった場所を通るとその向こうにさっきの警官が麦わ
ら帽子をかぶって待機していた。
その時、急に茂みからバイクで出てきた少年を張り込みの警官がバ
イクごと倒し腕ひしぎ逆十字固めの体制から手錠をかけた。
その現場を目の前で見た私たちのパトカーはその場で止まり、つか
まえた少年の手錠を私の手錠のひもにはめて再びK警察に向かい
ました。
捕まった少年は乗ってくるなり私におじぎをした。
「この悪人は俺を犯罪者扱いか。」と思いましたが、まぁはたから見
ればそうみえるかもとも思いました。
少年は「許してください。昨日少年院から出てきたばっかりなんです
。」と言いました。
警官は「出てきたばっかりでなんでバイク盗むんじゃ。」と今までとは
全然違う怖い警官になっていました。
少年は「バイクはあの状態で置いてあったんです。」とまた言いました。
私は「そんなはずないやろ。
直結してあるし、タンクのキャップもこじ開けてあるぞ。」と思いましたが
警官が「お前ええかげんにせーよ。わかってるんじゃあほんだらが。」・・・
とっても怖かった。
再度出発。
今度はパトカーが70キロ以上を出している。
私は「パトカーはいいな。
スピード違反にならなくて」とおもっていたら、警官の上司の方が「スピ
ード出し過ぎや。」と言いました。
部下の方が「サイレンならしていきましょうか。」と言いました。
私はそんなもんなんかと思うと、上司は「ならさんでええ。」と言いました。
そして裁判官に簡単に裁いてもらい、また警察署に戻ってとりあえず
近所の銀行で8万円をおろして罰金を払いました。
そして警察署をでて会社に着いたら5時でした。
長い一日でした。
その日の夕方からですが・・
会社に着いたのは夕方の5時過ぎでした。
市会議員もかけつけました。
私は免許停止は確実でしたが、毎日車通勤をしてるので面倒だなとは
思いました。
いろんな人が何とかならないか、手を回していたようです。
そうこうしているうちに、市会議員やFC店のオーナーの関係から、その夜に
何とかするためにある人を呼んでいるので、一緒に飲みましょうと言われ
会社の近くのスナックに行きました。
紹介された人物は、K試験場の前所長とのことでした。
かなり飲まれましたので私は「大丈夫ですか。ここまで何で来られてるん
ですか?」と聞くと車で来たとのことでした。
話を聞くと飲酒運転はしょっちゅうとのことでした。
そして、免停にならないように何とかしますからと言われました。
その日の担当の聴聞官に、うまく免停にならないようにしてもらうとのことで
した。
一ヶ月ぐらい経って、行政処分の呼び出し状が届きました。
私は試験場に行くと10人ぐらいずつ部屋に通され、一人一人理由を聞かれ
ました。
最初に今日の予定だった聴聞官が、急に用事で来れなくなり代わりに違う
聴聞官が行うという説明がありました。
いろいろといいわけをしている人もいましたが、ちゃんとやってくれるんなら
別にいいわけをしなくていいだろうと思いました。
私はいいわけをすることなく、呼ばれた人の聴聞も終わりました。
しばらく待っている間に前所長から携帯に電話があり、聴聞官が変わった
けど何とかするからと言うことでした。
そしてひととおりの処分が決定して、私は90日の免停でした。
「おいおい全然助かってないぞ」と思いましたが、聴聞官に最後に私だけ残
るように言われました。
ちゃんとなるのかなと思いましたが、2~3人の聴聞官の部屋に呼ばれその
中の1人が「前所長から心配して何回も電話をもらってる。
心配しなくても免取りにはならないから。」と言われました。
最初から90日の免停は違反どうりで、何もよくなってませんでした。
あとで何回も前所長から謝られましたが、「へたに世話になって頼み事を断れ
なくなるよりはいいか。」と思いました。
のちに何とかしたかったのは何故かと言うことがわかってくる事件がありました。
このときに世話にならなくてよかったと思いました。
市会議員からは、「他の違反は何とかしますが、交通3悪だけはなんともしが
たいのでできるだけ気をつけてください」と言われました。
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