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事件の真実
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私はホームページをとにかく完成させようとがんばって


いたのだった。


ある程度はできていたのでアップはしていた。


毎日どれだけの人が訪問してくれるのだろうか?


納品業者などに伝わるまでになるのだろうか・・・


でも、できたら印刷して郵送で送ったらいいかと思った


のだった。


訪問者が毎日10人弱で「こんなに少ない訪問者で


伝わるのか?。」と思っていたがこれが思いがけない


方向に進んでいくのだった。


1日の訪問者が1000人来たのだった。


私は何が起こってるのかわからなかった。


でも2日目も3日目も1000人前後の訪問者が来て


いたのだった。


私はどうしてかわからなかったので自分のホームページ


のなかの掲示板に「どこから来たのですか?。」と書き込


んだ。


すると「2ちゃんねるから・・・・。」と教えてくれる人が


いた。


2ちゃんねるのスレで「この人しんじゃいそう」という


スレがたってそこから訪問者が訪れていたのだった。

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私は必死にホームページ作成に取り組んだ。


わからないことだらけだったがとにかく無料のホーム


ページをたしかライブドアだったと思うがそこで作るの


だった。


初めてなのでどういう風にアピールすればいいのか


わからなかったが、画像が動くといいのではないか


とか音楽をいれれば雰囲気がでるんじゃないかなど


わからないなりに取り組むのだった。


そしてある程度すすぬのだが、作業をやめて寝ようと


すれば頭の中に「何故こんなことになったんだろう・・


これは夢だったらいいのに・・・


このまま終わってしまうのか・・・


などいろんなことを考えてしまいウツ状態になるの


だった。


そして嫁は美人だから自分がここで終わったほうが


きっと幸せになるだろうとかんがえるようになったの


だった。


多くの納品業者に申しわけないという気持ちをもたない


といけないんだが、H氏に対する恨みが大きすぎて


そっちのほうに考えが行かないのが実際のところだっ


た。


自分が一番被害者だと思っていたからだった。


ホームページに期日を述べてその日までに何も進ま


なかったらどうするかは決めていた。


本店の店頭で深夜に首を吊って死んでこの事件を


世間に知らしめようと思うのだった。


でも冷凍機の納品業者の担当者Yさんが「あいつら


自分たちがしたことで人が死んでも何ともおもいま


せんよ。」と言うことを聞いたことで「自分は被害者


なのにあんな奴のせいで自分だけ死ぬのはだめ


だ。」と思うようになっていたのだった。


どうせ死ぬのならH氏を葬ってそのあとで死のう


と思うようになっていったのだった。


ガソリンをオイル缶に入れてぶっ掛けやすいように


バケツも買った。


どうせ死ぬのなら道連れにしてやると思ったのだった。


自分に「あいつらは人じゃないので自分の中では


罪にならない。」と言い聞かせるのだった。


2度ほどゴルフセンターのほうに夜に行った。


事務員と自転車でかえる姿を目撃したが何もできな


かった。


そこに行く途中で何度も家族の顔が浮かんできた


からだった。


そしてやっぱり死ぬ時は一人で・・と思い直すのだった。

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私は抜け殻のようになって毎日をどうすごしていいかも


わからない状態だった。


そしてこのままではいけないとわかっていても覇気をなく


した自分がこの先、どうして生きていけばいいのかもわか


らなかったのだった。


普通なら真っ先に家族のことを考えて再起しなければいけな


いのだろうが、失ったものの大きさがあまりにも大きかった


ためどのようにして自分を終わらせるかを考えるようになって


いたのだった。


とにかく、納品業者に事実を伝えよう。


死ぬのはそれからでいいだろう・・・


そう考えることにしたのだった。


とにかく告発系のホームページを作ろうとおもうのだった。


私はとにかくホームページを作ることに専念したのだった。


素人なので要領がわからないまでもとにかく作って世間


の人にも何が起こったのかを知ってもらいたかったのだ


った。


そして自分にやれることはすべてやろう。


それでだめだったらあきらめて死のうと思うのだった。


私は何事も目標には期限を設けないと思っていた。


期限がなければ目標にはならないと思っていたから


だった。

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私の会社をつぶされ、店を乗っ取られた事件は私が


管財人の弁護士に「H氏を訴えると言から証言します


か?。」と言う申し出を受けなかったことがすべてだった。


支部長の「半年経ったら・・。」という言葉にたとえ1分でも


望みを託していたこと、弟を訴える覚悟がなかったこと、


そのためにH氏の1億円の偽の債権が確定してしまった


こと、H氏が頼んだ弁護士が私の主張を無視して勝手に


破産手続きをとったことで、資産がすべて処分されてしま


ったことなどで私の「犯罪によってH氏が所得したものなど


認められない。」と思い込んでいたあまさなどだった。


債権者会議以降はH氏の偽の債務も確定してしまっている


ので私はH氏を糾弾できる機を逃したと言えるのだった。


もしかしたら支部長の半年経ったらというのは私が反撃に


出れなくなる期間だったのかもしれない。


自分の中のぽっかり穴の開いた心をどうすることもできない


言葉では言い表せない気持ちがもやもや沸いて来るばかり


で自分自身の存在がなくなりそれはしだいに虚無感に代わっ


ていったのだった。

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会社が倒産させられて5~6ヵ月後に債権者会議が


行われた。


私は当然みんなに起こったことを知らせる義務が


あるので出席したのだった。


債権者たちの半数以上が私が一番の被害者だと


知っているのだった。


しかしなんと債権者の最前列の真ん中に弟がいる


ではないかww


わたしはH氏に出席するように言われたのだとすぐに


理解した。


そして私の中にある怒りがこみ上げてきたのだった。


それは会社を倒産させたと言うことよりも私を坊主に


したことでプライドをへし折ったことに対する怒りだった。


私は「みんなの前で殴り倒して頭の毛をすべてむしって


やろうか、それで訴えると言うのなら刑事告訴に損害賠


償が待ってるぞ。」と思ってしばらくはどうしてやろうと


気持ちが高ぶって立ち止まったままだった。


私はみんなに「この頭は自分でしたのではありません、


今は言えませんが近いうちにみなさんに何が起こったのか


知らせます。」と言った。


弟が「みんなに迷惑かけてどういうつもりじゃ。」と言ったが


私は「だまれ。」とにらみつけたのだった。


ここにいる半数近くの人は弟がH氏と共犯の犯罪者だと


認識してるのにここにでてくるなんてバカかこいつは・・


私はそうおもったが、弟が来ているせいでみんなに何が


起こったのかを伝えることができなかったのだった。


支部長の「半年経ったらまた働けるようにする、家に住めて


生活できて業者に借金返せたらええのやろ。」と言った


ようにはならないと思っていたが1割ぐらいは望みを持って


もいたのだった。


実際、数千人のヤクザや右翼を向こうに回して戦えるとは


思っていないので1分の望みのために半年は待つしかなか


たのだった。


力のなくなった自分の無力さを実感するのだった。


管財人の弁護士が「社長は会社に一切迷惑をかけていま


せん、会社もつぶれる会社ではありませんでした。」といった


のだった。


そのあと債権者が「今まで仕事上いくつもの債権者会議に


でたけどつぶれる会社じゃなかったと聞いたのは初めてだ。」


と言うのだった。


管財人も弁護士も「今までいくつもの債権者会議に出たけど


金返せと一人も言わない債権者会議は初めてだ。」と言うの


だった。


しかし、私が実家や弟のことを考えて証言にいたらなかった


ことで何もなくなり、生きていく気力を失っていくのだった。

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流通業界に30数年携わってきた中で起こった事件をつづっています。10数年前に事件に巻き込まれた際、「真相さん」という2ちゃんねるのスレのなかで多くの支援者に支えられ、立ち直れたことに感謝の意を唱えます。
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