3号店は建物を作るのにだいぶ時間がかかる大掛かりな
ものだった。
どうせ時間がかかるなら売り場面積を200坪近くになるので
大型店舗法の申請をしようと思った。
業者に聞いたら申請するのを頼んだら1000万円かかると言
うことだった。
私は業者に申請を通した資料をもらえないかと聞いた。
そしてその資料を50万円で買ったのだったが、今考えれば
高すぎる話だった。
事実、実際は本屋さんに行って大型店舗法の本を買って、
その通りに勧めていったので資料は入らなかったのだ。
5条申請、7条申請とやっていくうちに府庁の職員がいろいろ
教えてくれるのだった。
申請通りに進んでいけば、どんな店舗でも13ヶ月でつくる
ことができ、いくら地域で反対されても出店はとめられなかっ
た。
そして、自社ですべて運営を行うのだがいろんなテナントが
集まって行う体にすれば【おそれなし建物】という適用を受け
2ヶ月短縮することもできるのだった。
地域で話し合いも持ったが、商店街の人たちからすれば話し
あいだが、こちらからすれば、正式な方法で申請を通している
ので説明会だった。
地域の商人たちが店舗ができたら困ると言って反対しても
話し合いを引き伸ばすことも、制約を付けることもできないの
だ。
そして、駐車場100数十台設けた自社の基幹店舗と言える
ものができるのであった。
世の中にはいろんな申請や手続きで専門業者に頼むことが
あるが、自分でできるものも意外と多いのである。
当時は直営店6店舗フランチャイズ1店舗の7店舗を展開していた
が1号店を作る前に誘われたが断ったH氏の店舗のことでH氏から
相談があった。
T部店をなんとかやってもらえないかということだった。
当初、私が断ったことでいとこのスーパーがそこに出店したのだが
その●ルヒの社長もうまくいかなかったのか撤退したのだった。
自分ところがやれば日商200万円はいくと大口を叩いていたが
まぁ、私にスーパーを100%失敗するからやめろと言って私のスー
パーに抜かれたのだから言うことはあてにならないが、●ルヒの社
長最大の成果はH氏から離れたことだと思う。
私は離れようとしていても親父が親友とおだてられて、こちらの情報
を流し、なかなかうまくいかないのであった。
保証金もいらないからやってほしいといわれて、当初私が言うだけ言
って断った物件だったが、あれだけ私に家賃がタダでもしないと言わ
れたのにまた頼んできたことに、私は「なんとかしてあげるか。」と思
ったが浅はかだったのだ。
保証金はなしとしてもレイアウトが悪いのでやり変えたりいろいろかか
るのだ。
レジ、冷凍機の補充、一般食品の手配などで売上予想からすれば
2000万円の投資は厳しいいものがあった。
親父が「肉と魚で家賃はでるだろう。」と言った。
私は「何が家賃は出るだろ~だ。維持費で家賃、電気代、人件費
チラシ代などがいるので家賃だけしか出なかったら大赤字だろ。」
と言った。
それに設備もかかるので償却する費用もかかる。
当然、既存の肉、魚のテナントに少しだけは負担してもらわないと
やっていけない。
テナントがH氏になきついたら何とかなると思われたらいけないので
私はテナントに「売り場を再構成するのに費用がかかるので保証金
100万円は必要です。
いくらあなたがたがH氏に頼んでもそれは最低限の費用ですので
それができないのであればこちらでテナントを用意します。」と言っ
た。
そして次の日、H氏から呼ばれたのでゴルフセンターに行った。
ロビーで話し合いになった。
H氏は「こちらが保証金をなしにするんだからテナントをタダで入れろ
と言った。」
私はいろんな経費や設備に資金がかかることを説明した。
そしてだからいくらH氏に言われても保証金なしでテナントを入れる
ことはできないと言った。
しばらく黙っていたH氏だったが急に声を荒らげて「俺がタダにしろ
と言ってるんだからタダにしたらええんじゃ~。」と言った。
私は何故、そんなことを勝手に決められないといけないんだ。
そちらが何とかして欲しいと言ってきたからこちらはなんとかして
やろうとしてるのにとおもうと腹が立ってきた。
私は「それだったらもうやめますから勝手にスーパーするところ
探してください。」と言った。
そしたらH氏は「それだったらあの店の売り場をマンションの部屋に
して返せ。」と言った。
「店をやるか、マンションの部屋にして返すかどっちするんじゃ~。」
と無理難題をふっかけてきたのであった。
私は「まだ何もしてないじゃないですか。」と言うと
H氏は「そんなん関係あるか~お前があの店やるかマンションの部
屋に作りかえして返すかどっちかにしたらええんじゃ~ここいらで俺
に文句たれんのはお前だけじゃ~。」と言うのだった。
私はそのまま何も言わずにゴルフセンターを出ようとしたら受付の
おばさんが「あんたよく言った。えらいわ。」と言ったが、私は「どう
することもできなかったらいっしょですよ。」と言い、その場所をあと
にしたのだった。
私はしかたなく前向きにやる方向で考えていくしかなかった。
肉屋は「何もなしで出来ないことは分かっている。」と言って
分割ではあるがはらっていってくれた。
その後もT部店で働く私の従業員を勝手にクビにしたりした。
以前私が店舗展開している時にH氏が「俺がやらしてるんじゃ~。」
と言っている噂を聞いたのでH氏にあったときにそんなことを誰かが
言っているのを聞いたんだけど。」と言うと
「そう言っていたら悪い奴らがこないだろう。」とH氏はいったが、
「あんたが一番怖いだろう。」と私は思ったことがあったのを思い出す
のだった。
ある日私はお気に入りの喫茶店でくつろいでいた。
その喫茶店の常連だった。
となりにやっぱり常連のPさんがいた。
Pさんは車好きで毎日車の掃除をしている。
ワックスもしょっちゅうかけていてベンツはいつもピカピカだった。
当時Pさんは50歳ぐらいだったが、Pさんの親は心配性でPさんの
車も親が買ってくれたということだった。
そこに喫茶店のマスターが現れた。
ウエイトレスに「なぁなぁ自分、この人こんな格好してるけどあっちこっち
にあるスーパーの社長さんなんやで~。」と私のことを嬉しそうに言うの
だった。
私はそんなへんな格好かな~?とちょっと恥ずかしかった。
いつもジーパンとポロシャツだったがそれが普通だった。
食品会社の展示会にいくのもこの格好なので担当者から「いつもどおりの
格好で来ると思ってましたよ。」と言われたものだった。
今思えば非常識だけど当時は自分自身が大事で格好はどうでもいいと
思っていたのだと思う。
Pさんのことはマスターから聞いていた。
どんなことかというと家の庭に松の木があり、ゴルフのす振りをするのに
邪魔なので業者に取り除いてもらったそうなんだけど、業者が「本当に
いいんですか。」と何度も聞かれたのでPさんは「いいからとってくれ。」
と言ってとりのぞいてもらったそうだ。
そしたら業者が取り除いたお金を払わなければいけないのに逆に100
万円持ってきたそうでPさんは「100万円得した。」と話していたそうな
でもそれを親が聴いてPさんをえらく怒ったそうだ。
その松ノ木は1000万円したんだそうだった。
私は「この人が噂?のPさんか~(笑)と思って少しにやけてしまった。
するとPさんが話しだした。
「この前、車で違反して免停になるので弁護士になんとかしてもらった
んだ。」と言った。
私は「そんなの弁護士に頼まないといけないの?市会議員とかに頼め
ば何とかしてくれるんじゃないの。」
と言った。
Pさんは「そんなことできるの。」と聞いてきたので「一度市会議員のセッ
ティングで交通課の偉いさんと顔合わせがあって、会社の車が駐禁
切られたりしたら電話して取り消してもらったりしたよ。」と言った。
するとPさんが弁護士が言うには交通課のえらいさんに30万円と捕まえ
た警察官にも30万円払わないといけないと弁護士に言われ、弁護士費
用も15万円いったので75万円かかった。」と言った。
私は「ええ~~~そんなにかかるの~それだったら講習受けたほうが
いいやん。」と言った。
Pさんは「今度は60日の免停なので講習受けても実質30日の免停に
なる。そしたら仕事に差し支えるから。」と言った。
私は「でも捕まえた人に30万円本当に払ってると思う?。」
「絶対えらいさんが独り占めしてるよ。」と言った。
警察は上の人間が利権で甘い汁を吸ったりしているが下の人間は
ノルマがあって真面目に検挙に精を出しているのだ。
私はパートと従業員をあわせたら200人以上いるので議員さんから
すれば票になるからいろんな意味で助けてくれる。
店舗の工事の申請も工事期間がかかると出費がかさむので府会議員
などに早くしてもらうということもあったりする。
でもお金がかかるという認識はあまり持っていなかったので繋がり
のない人がもみ消そうとしたら大金がいるんだと思ったのだった。
ある人が「警察官は市民のためにある?馬鹿なことを言う人がいるが
市民のためじゃなくて税金をたくさん収めてる人のためにあるんじゃ~。」
と言ってたのを思い出すのだった。
その日は麻雀を打ってみんななかなか止めさしてくれず
終わったのは深夜の3時頃で当然電車もない。
かと言って雀荘は高速神戸にあって門戸厄神までタクシー
で帰ったらかなりかかる。
相手がいたらラブホでも泊まるのにな~と思いながら
職場で寝ようと店舗に向かった。
ソープ街を通って店にもどろうとトボトボと歩いた。
理事長から「治安が良くないからあまり行かないほうがいい
ですよ。」と言われていたがまぁこの時間なので大丈夫だろう
と歩いていた。
ゴミの日なのか人の形をしたものが捨てられていた。
ビニールみたいなのでマネキンではないな・・・
そういえばこの前は猪の剥製が立っていて驚いたな~
と思い出しながら横まで行くとビニールでできた人形だったが
服をきていない・・・
「服ぐらい着せてやれよ~。」と思ったがよく見ると女の人形で
なんと●まんこがあるww
ダッチワイフだ・・
南極1号とかいうやつか?
使い込んであるようだった。
きっと捨てる時に人気のないのを見計らってドキドキしながら
捨てたんだろうな~
長年愛したダッチワイフと別れる時はやっぱり寂しかったのか
な・・・
走馬灯のようにダッチと過ごした日々を思い浮かべたりしたん
だろうな~
でもなんで空気を抜いてたたんでなんかの箱に入れて捨てな
かったんだろうな~
ちょっとキレイにふいたような跡があるので「誰か私の代わりに
ダッチをもらってくれるように願いを込めてこんな形で捨てたん
じゃないかな・・・
恋人と別れるような心境だったのかな~といろいろ想像しな
がら振り返ってみるとダッチの視線がこっちを観ていた。
まるで拾ってくれと言っているようだった。
私は「ごめん、あんたを担いで店まで行ったらみんなから変態
扱いされるから・・アミーゴ。」心の中でつぶやいた。
そんなこんなで30分以上かかって店にたどり着いた。
鍵を開けてバックヤードの食品の倉庫にダンボールを敷いて
寝ることにした。
寝ていると「ピーガチャ。」「ピーガチャ。」「ピーガチャ。」
立て続けにタイムレコーダーを打つ音がした。
タイムレコーダーはバックヤードにあって、そこを通り過ぎると
休憩室になっていた。
壁を隔てた横の休憩室に惣菜のおばさんが3人やってきたの
だった。
惣菜の部門長が「パートのおばはんゆうこと聞かないし、年取
り過ぎてまるで姥捨て山だ~若い子がほしいよ~。」とよく
行っていたのを思い出した。
時計を見ると6時前だった。
6時からパートのおばさんたちが働いてるっていってたな。
でもおばさんたちがうるさいのでいやでも様子がわかった。
「何残ってる・・。」と一人が言った。
「大したもん残ってないわ~これでも食べようや。」と言いながら
7時ぐらいまでべちゃくちゃ喋りながら休憩室でくつろいでいた
のだった。
管理する人がいないとやりたい放題だなと思う私だったが
店に泊まっているのがバツが悪いので注意するためにでて
行くことができない私だった。
まぁどこでもサボる人はいるけど管理者がいないのも問題だな
~おばさんたちのことも気になるけどダッチがどうなったかも
気になる私だった。
当時の私の楽しみはネット麻雀だった。
しかし、私はまるでアウトローでもともとリアル麻雀が一匹狼
であるためにネットでもそうだったのだ。
哲也@東風荘というネット麻雀の世界はそんな私には住み心
地がよかった。
チャットで人を「おそい」だの「へたくそ」だの言う奴らがいる。
そんなときには自分が言われていなくても「うるさいんじゃ~
六甲の山に埋めるぞこら~。」と言う。
それでも「ぎゃ~ぎゃ~。」言う奴は対局で葬ってやる。
本当に気持ちが良かった。
時にいいところはリアルと違ってお金がかかっていないので
一発で仕留められるようなお主の手を作って一撃でしとめる
のが最高だった。
そんな中チャレンジカップという大会が始まった。
大会なのに「1位の人ですね。」と●ポンというやつが話しかけ
た。
私は「ほ~~この中に1位の奴がいるのか・・・だれかな~。」
と思っていたが、誰も返事をしない。
まぁ大会中だからそいつの返事しないんだな~愛想の悪い奴
だな~返事ぐらいしてやれよ~●ポンみじめじゃね~か~と
おもったがま~人のことだしいいかとおもった。
2~3回い同じメンツで対局が続いたが配牌時にこれは染めれ
るな~という配牌が来た。
オーラスでラス目だったのでまくるかと思ったがイメージした
最終形に4萬がいらなく感じたので4巡目に切った。
すると思ってた通りのたて清の聴牌に3倍満を上がってまくりト
ップとなった。
するとまた●ポンが「何故序盤に4満。」と聞いてきた。
うるさいやつだな~とおもいつつ「決め打ちだ。」と答えておいた。
これでここに現在1位の奴がいたらびびってるな~と思ったが
しかし、実は大会序盤から最終日までトップだったのは私だった
のだった。
しかし、私は順位の見方を知らなかったのだ。
大会が終わって普通に打っていたら●券師哲也なるものが話
しかけてきた。
「すげ~な、入賞おめでとう。」と言ってきた。
この人はダンチ軍団なるものを作ったので入ってくれとよく勧誘
してくる奴だったのだ。
哲也@東風荘は上がる役によってキャラが手に入る。
私は手に入れたジェファーソン軍曹が気に入っていたので無視
していたのだった。
しかし入賞したと言われたら気になるので調べ方もわからないが
なんとか調べて順位を観てみたが見つからなかった。
「ないやんけ。」と思ってまた普通に打っていた。
そしたらまた誰かが「3位おめでとう。」と言ってきた。
私は上位とは知らないので5位ぐらいから下を観ていたのだった。
3位の商品はカタログセットから選べるようになっていたので確か
三田牛の上ロースセットか何かにしたと思う。
そんな哲也@東風荘のなかで仲間?ができたというかよく打つ
メンツができた。
みんなアウトローの私に向かって「頼むから新宿に行ってくれ。」
とか「野上行ってくれ。」とか言われたりしたが、冗談を言ってると
思っていた。
しかし、真剣に言ってるとわかったのはだいぶ後のことだった。
そんな仲間とよく朝方近くまで打つこともあった。
前置きがながくなったが私は門戸厄神の駅から湊川駅まで
電車でいくのだがあるとき、電車の中で寝てしまった。
・・・・・・
私はふと潮の匂いで目が覚めた。
乗客で混んでいたはずの電車が車両に私だけしかいない・・・
外を観ると電車は海岸線を走っている・・・
私はすぐに行き過ぎていることはわかったので電車を降りて
上りの電車を待った。
ホームには誰もいない・・・
海が見えていい景色だったが当然もうスーパーはオープン
している時間だ。
「かなりやばいせんになってきた~♪
防波堤の上に 朝陽が射すよ~♪」
私はさびしく吉田拓郎のサマータイムブルースを口ずさんでい
た。
とりあえず電話で遅れると伝えた。
そしてだいぶ遅れて職場についた。
塩干の部門長が「クレーム処理で須磨まで行ってたんですって
おつかれさんです。」と嬉しそうな顔で言ってきた。
毎朝の朝礼は理事長がやってくれたそうで理事長も気が利く
のだったがみんなは乗り過ごしたことはわかっていた。
ちょっと前には有馬温泉近くまで行ったこともあったからだ。
仕事の帰りもよく寝たことがあった。
阪急電車は新開地で7時頃に乗ったはずなのに11時ぐらいに
梅田の駅に止まっていた。
「何往復したのかな?」と思ったことも2~3度あった。
みなさんも夜ふかしには気をつけて^^:
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