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事件の真実
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様々な苦難を乗り越えて大晦日。
私の車と部長の車、K主任の車の3台で初詣に行った。
アルバイトの女の子も行きたいと言ったが、私は親が了

解してるならいいと言って女の子たちに親に電話を家に

させた。
そこでI社員登場、電話してる女の子とかわり「私、スー

パー〇〇〇のIです。
私が責任を持って送り届けますので安心してください。」
さすが好感度NO.1のI社員。親の受けもいいのであっ

た。
私は「あんたが一番安心できん!」と言うと、後ろで部長

が私に向かって「そりゃあんたや。」と言った。

見事なつっこみだった。
走りやだった私と部長にとって、この初詣が毎年恒例にな

る年忘れ最後の暴走だった。
私はドライブ好きだが見事な方向音痴だった。
部長は「社長は方向音痴やけどラブホテルを目印に場所

を言うとわかるんや。」と言っておおいにうけていたが、それ

は受けねらいじゃなく事実だった。
みんないろんな話で盛り上がった。
私が大学の時、優が3つ(商店経営学、小売店経営学、体

育理論)しかなく、ラブホテル経営があれば優は4つに違い

ないという今までに行ったいろんなラブホテルの話。
特に2ヶ月で全部の部屋(22か24)に泊まれば10万円も

らえるラブホテルで一ヶ月でクリヤした話はやや受けだったが、

部長の大晦日に阪神高速をゴーカートで難波出口から入って

暴走した話は大うけだった。
そして楽しい初詣も幕を閉じた。

そして会社を設立してはじめての正月を迎えました。
それまでずっと張りつめていたのでなにか物足りない気分だっ

た。
私はクリスマスにI社員に買わされた大きなケーキを「正月に餅

じゃなくケーキを食ってるのは俺ぐらいだろう。」などと思いテレビ

をみながらケーキを食いまくった。
ケーキばかりは食えないので毎日一食分はケーキを食べていた

がやっと2つ目のケーキにたどり着いたところだった。
さすがにクリスマスから一週間経つと、ケーキもスポンジは堅く

ホイップはロウのようになっていた。
暇なのでI社員にも電話したがいなかった。
そうこうしてテレビを見たり、お気に入りの喫茶店にいったりして

いるうちに4日目になった。
会社は6日からだけど開店の支度は5日からで「あと一日か。」

でも漫画の本はもうはいってるんじゃないかなと思い店に行った。
でも会社には入ってなかった。
本の仕入先に電話をすると仕入先には入ってると言うことだった

ので、私は取りに行き、店に持ち帰って読んでいた。
のんびり本を読んでいるとM農協から電話がかかってきた。
新年の挨拶に来ると言うことだったので売り上げの集金もお願い

した。
農協に売り上げも集金してもらい、またのんびり本を読んでいると、

お昼過ぎに今度はS銀行から電話がかかってきた。
「〇〇〇株式会社さんですか、S銀行です。当座の残高が不足し

てるんですが。」
私は「おかしいなぁ、ちゃんと計算してたんだけどな。」と思いいく

ら不足してるか聞いた。
1800万円不足していた。
「おかしいそんなはずはないんだけど」とおもい弟に作ってもらった

マルチプランというソフトの業者支払い表を何度も見ました。
合計もあっていました。
しかし、よく見ると表の最初にある食品業者4社の合計が多く、どう

見ても最終合計はまちがっているようだった。
私はおそるおそる食品業者1社の支払いに1円を足してみました。
最終合計は変わらなかった。
マルチプランの書式を見ると1~4までの納品業者の支払いが足さ

れていなかったのだ。

書式をなおしても200万円ぐらい違いがありました。
私はとにかくM農協に電話をして会社のお金や私の預金を全額振り

込んだ。
それでも足りないので店のレジの釣り銭準備金も持っていった。
当座の担当の人が「社長直々ですか。」と言いましたが私は引きつ

った顔で「はぁ」としか答えられなかった。
車を売ったお金を使わないで持っていたこと、それからあとでわかる

のだが、入院している時に肉屋の支払いを2回ばかり忘れていたの

もあってなんとか助かり不当たりは回避しましたが最終残高は2万

円だった。
店も休んでいるので当然売り上げはなく、ほんとの2万円だった。
私は当座の引き落とし明細をもらい会社に帰った。
会社に帰ってわからない200万円の差を調べるとすべてこんにゃく

屋の小切手でした。
あとで聞いたのですが、こんにゃく屋は「田舎なので、なかなか銀行

に行けないから年末までためてたんです。」と言うことだった。
でも、このこんにゃく屋は親父の行商の時からの取引業者で、私の

店のためにわざと店がやっていけるなと思えるまで小切手を流さずに

もっていてくれたことは何となくわかった。
でもその日に本を読みに行かなければ、おそらく銀行も連絡が付けら

れなかっただろう。
わたしはマンションの電話番号は教えていないし、親の家の番号も知

らない。

その当時は携帯電話もなかったのでそんなことを考えると本当に恐ろ

しかった。

なにはともあれ漫画好きにより、偶然にも危機を回避した私だった

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これはまだミナミにソープランドがある時のことだった。

新入社員
会社ができて一年がたとうとしていた。
アルバイトできていた高校生のSとUも進入社員として

入ってきた。
SとUがアルバイトのころ、「社員になったらソープランド

連れて行ってやるぞ。」とよく私は言っていたが、本当に

入ってきたので「忘れていてくれてますように。」と祈っ

ていた。
しかし現実はそう甘くはなかった。
私も行ったことがなかったのに、みんながいる前で「社長、

ソープ連れて行ってくださいよ。約束したでしょう。」と言う

始末だった。
よくテレビで社長が社員をソープランドに連れて行くところ

が出てくるので約束ははたさないといけない。
でも、私は素人専門でソープランドに行ったことがないので

ルールがわからないと言うのはかっこわるすぎる。
それにI社員と部長の3人で失敗した経験もある。
このままではいけないので、私はこっそりと1人でソープラ

ンドにいくことになった。
会社のためだから経費で落ちないだろうかなどと思いなが

ら、貧乏性の私はソープランド街を3回ほど行ったり来たり

しながら、とうとう思い切って一つの店に入った。
私は、普段休みがないので土曜日と言うこともあり、仕事

を3時であがってここに来たのだった。
時間が早いせいか待合室では他には1人だけしかお客さ

んはいなかった。
豪華な待合室は私には落ち着かなかった。
指名はありますかと聞かれたがあるはずもなかった。
私はたばこは吸わないが、おもぐるしい空気に耐えられず

置いてあるたばこを吸った。
待ってる間、飲み物はコーラをたのんだ。
コーラを飲むと今度はトイレに行きたくなり、そわそわしなが

らトイレに行った。
トイレでは自分のむすこにシュプレヒコールを送った。
そして私の番が来た。
「そういえば青果担当Yはソープへ行くと部屋に行くエレベ

ーターのなかで、ソープ嬢の乳をさわりまくるといっていた

なぁ。」と思ったが、そんなことできるはずもなかった。
お相手のソープ嬢はすごく美人だった。
「ソープ嬢って美人なんだ。」
私は、はじめてのソープで相手が美人だったため、そういう

先入観を持ってしまいこの時以降、現実はもっときびしいと

言うことを経験を積んでわかっていくのだった。
このソープ嬢はいつも指名がいっぱいで、たまたまキャン

セルが出たと言うことだった。
いつも相手を3回行かすと言っていたが、私もきっちり行か

されてしまった。
ここは3万5千円だったが5万でも安いんじゃないかと思っ

てしまった。
私は堪能し、ルールもわかったので後ろ髪を引かれる思

いでソープをあとに
した。

ソープ3兄弟。
それから一週間後、約束を守る日が来た。
私はSとUを連れ、ミナミに向かい、30分ほどでついた。
なれていないことを悟られてはいけないと、私は最初の店

に思いきってはいった。
調子のいいSは「さすが社長、なれてますね。」と言ってき

た。
「まあな。」わたしはとりあえず答えた。
その店はわりと混んでいて、30分ほど待った。
わたしはせこいことに、ボーイにこそっと近寄って「俺が金を

出すんだから俺にかわいいこを回してくれよ。」と言った。
ボーイは「みんなかわいいですから。」と言ったが絶対そ

んなはずはなかった。
一応みんな番号札を持っているが私は「番号なんか関係

ないんじゃ。
俺にかわいいこつけてくれればそれでいいんじゃ。」と思

った。
時間が近くなってくると、私は再度ボーイに「俺にかわい

いこ回してくれればまた利用させてもらうからね。」と念

押しした。
社員は私を立てて私を最初にしてくれたが、おもいっきり

はずれていた。
わたしは二度とここには来ないと誓った。
社員たちの相手はそこそこかわいいと言うことだった。
Uは、ソープ嬢にあそこが大きいと言われたと言って自慢

し、また連れて行って下さいと言った。
Uは童貞でなんとこの日が初めてだった。
それからこの3人で2~3回ソープランドに言った。
私は社長でありながら、ソープ3兄弟と誰からとなく言わ

れてしまった。
おそらく部長が噂の元だろうと思ったが立場を守るために

一緒には行かなくなった。

私は一日会社を休むことはなかったが、人と会う予定が

なく、雨がひどい日などはごくごくまれに行くことがあり、

そんなときは会社から指名し、ソープに行って気持ちよく

なりながら、「今頃みんながんばってるかなぁ。」などと

思っていたものだった。
私はわりと飽き性で恋愛を楽しむロマンチストだったため

もとの軟派な自分にもどった。

ソープの味を占めたU社員はその後、給料はおろかボー

ナスも全額ソープランドにつぎ込んだと言うことだった。
お目当ての子がいるらしく、休みの前の日や、早上がりの

日にはすぐ居なくなっていた。

真面目な顔をした社員だが、パートさんはだれもソープ嬢

におぼれて給料を全てつぎ込んでるとはおもわないだろう

な~と思った。

U社員のソープ嬢以外とのHの話は十数年聞くことはな

かった。

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きっかけはプライドを守るため。
私は自分でスーパーを最短でつくる計画をたてました。

そして、、いとこがスーパーをしていたので、そこで働く

ことにしました。
何故その店にしたのかというと、偶然にも過去につきあ

っていた彼女がいてその子の母親に「別れてくれ。」と

いわれたことで、プライドの高い私はこころよく了承した

過去があり、私がいかに成長していくかを解らせてやる

と言う思いがあったため、彼女の家が近いこの店にした

のです。
ほんとは女の子に未練が?と思われそうですが、私には

プライドこそが財産だったのです。
本来の私の計画からは5年も早く始動する事になったの

です。

修業時代
(社長)
そのいとこのスーパーは兄弟がいて、兄貴の社長の方は

まあまあ普通でしたが自分が偉いと思いすぎていました。
私は社長とは給料を決めたり、いろんな事を最終決済する

立場の人で、社員には社員の仕事があるように社長の仕

事がある。
会社の役割分担の違いだけで社長だから偉いとか、社員

だから偉くないとかそんなことを言うことの方がナンセンス

におもっていました。
そういう考え方もここにいたから?かも知れません。
弟の方は気が弱いのに気が短く、どう見ても人がついてこ

ないタイプでした。
でも野菜を見る目はしっかりしていて職人タイプでした。

(常務)
働きだしたときにスーパー用語がわからず、常務に「こ

れは定番(通常価格の商品)、これは特売(特別に安い値

段設定の商品)」と言われ、その意味が分からない私は「定

番に戻せ」といわれ、「T版?何の事かな。」意味もわからない
まま作業して失敗しました。
そしてまた常務に「何をしてるんだ。これは定番、これは特売

だろ。」と言われ、そのあと1人で配達に行った車の中で「定番、

特売ってそのこと自体がわからんのに人をダメ人間を見るよう

ないいかたすんな~~。」と怒りまくっていました。

(主任)
私の直属の上司に主任と言う人がつきました。
でも店頭でおばあさんがジュース用の値引きした果物を持って

こようとしたときに私は重そうにしていたので早く取ってやろうと

思って行こうとすると主任に腕をつかまれ「安いものを買うお客

さんにこっちが動くとあわないだろう。」と言われました。
私は「値段の安い高いにかかわらず、買ってくださればみんな

お客さんだろう。

そんなこと子供でもわかるぞ。」と思い大嫌いになりました。
そして事務所で社員が何人かいる中、主任が私に講釈たれ

ていたときに私はついに切れて「私は貴方の考え方が正しい

とは思っていませんし、そんな考えの主任は大嫌いです。

そう思っている以上私は私が正しいと思えるようにやっていき

ます。
主任は主任で嫌われるやりかたでやっていってください。」と言

ってしまいました。
でもそんな何でもはっきり言う私を他の社員が支持?してくれた

おかげで問題にはならないで本当に他のみんなは大事にして

くれました。

(果物おじさん)
しばらくして大手にいたと言う果物担当のおじさんが入ってきま

した。
口調がおもしろく「やっすいなーごっつごっつやっすいなー」と言

う口調は爆笑でした。
でも新店ができてそちらに行き、いなくなって寂しくなったので

私は代わりにその口調で果物を売るとみんなは涙を流して「お

願いだからやめてくれ。」と喜んでいました。

そして半年後の忘年会でよく言う無礼講と言う声がかかり、

私は何をしたらみんなが喜ぶかなと思い、ふと前を見るとみん

なから嫌われている常務がいるではありませんか。

私はチャンスと思い、常務の足をつかんで舞台に引っ張って

いきプロレスの4の字固めを掛けました。
このときはみんなが大爆笑で涙を流しながら声援が飛びま

した。
私は怪獣を退治したヒーローでした。
忘年会が終わると社員一人一人がよくやってくれたと手を

握りまた笑って涙しました。
そんな楽しい時もありこのスーパーでの修行は一年で終わ

ったのです。
もともとわたしはやめることを決めていた人間でしたから明る

くやめたんですが、のちに何かのことで社長と部長がもめた

ときに部長が「そんなんだから〇君やめるんじゃ。」
と言ったそうです。
それをひとから聞いてうれしかったのを覚えています。

このスーパーでの経験をもっていくつかのスーパーで働き、

会社を作るに至りました。
みんなのこといろいろ書きましたが悪口と取れる部分は大

きな度量で許していただきたいと思います。
このなかでいとこだから首にならなかったんだとか思う人が

いるかも知れませんが生き方の問題だと思います。

我慢して生きるのはあまり楽しくないのでできるだけ自分ら

しく生きたいと思っていただけです。
ここでの経験を得られたことには感謝してます。

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チェックライターというのは小切手を切る機械の事ですが、

開店当初3ヶ月は買えば1万円ぐらいのチェックライターを

いとおしく思ったのか・・
まあ、そのわけを聞いてください。

いままでに述べたように、本当に開店までは苦労しました。
でも開店したからといって大丈夫だと言うことは全然ありま

せんでした。
開店一ヶ月で売り上げも悪く、社員が心配して「こんな売り

上げで大丈夫」と聞かれ、心配させるといけないので「これ

だけあれば何とかいけるよ。」とは言っていましたが
全く大丈夫ではなく、いつつぶれるのかも時間の問題でし

た。
何とかしようと売り上げを上げるために営業時間を夜7時ま

でを8時に変えて、なんとかいけるかもと思えるようにはな

りましたが、最初の月には店舗工事の支払い、電気工事の

支払いなどを売り上げで払ったために最初の支払いはでき

るんだろうかという不安は拭えませんでした。


でも会計事務所の所長のおかげで当座をもてたために、支

払いを小切手ですると振り込みよりは2~3日遅れるために

だいぶ助かったものでした。
でもたとえ1万ぐらいでも、小切手を切るチェックライターを買

うのは何となく怖くて小切手は漢数字を書いてわたしていま

した。
当初の売り上げは悪くても、最初の締めの支払いは工事代

金も含めれば3000万ぐらいはありました。
いままでそんな多くのお金をあつかったことがなかったので

精神的にも疲れました。
支払いを最初から遅れるのだけは避けたいと思っていました

が、小切手で払って2~3日遅れて回ってきてもむずかしい

ようでした。
何度計算しても微妙にむずかしそうでしたので、「業者のうち

数人でも集金に来ないことを祈っていました。

 

支払日前日
私は、以前車を売ったことがあるS市の中古車屋さんに行き、

乗っていた車を売りました。
車は鉄仮面という愛称で呼ばれていたスカイラインRSータ

ーボ、インタークーラー付きで3年間乗っていました。
月13~14万円の給料で10万のローンを組んでもらって

買った愛車でした。
大事にしていたので170万円で売れました。
売る理由などを話しながらその社長に会社まで送ってもら

いました。
売るのは当然のことでしたが、支払いができればすぐに買

い戻したいという思いでいっぱいでしたが、現実は当分きび

しいのでむりだろうなと思いました。
(実際は車は一日で売れてしまった。)
会社に帰ってからも何回も検算しました。

でもなるようにしかならないかと思ったら明日支払っても、

実際には2~3日後だし、悩むには日が多すぎるなと思うと

何となく「やるだけやって後は運に任せるか。」という気持ち

になってきました。
「まあ社員には申し訳ないが、そこで終われば私もそこまで

の人間だったと思って許してもらおうか。」と思うと逆に何と

なく楽になっていきました。

支払日
気持ちの切り替えができたので、何となく元気に支払いをし

ていくことができました。
でも小切手を漢数字で書いていったためになかなか支払い

がはかどりませんでした。
ですが、私が元気だったために支払い業者ともいい雰囲気

で支払いを行っていけました。
支払い業者の数が多かったために「もう一度夜に来ます。」

という2~3の業者がでてきました。
私は「元気な気持ちがいい方に向いてきたか」と思えてきま

した。
6時を過ぎたころ、ここまでいればもういいかと思い、社員に

「ちょっと用事があるので業者がきたら明日の朝またきてほ

しいと言ってくれ」といい会社を出ました。
少しは日を稼げたと思うと、気持ちもすこし楽になりました。
「漢数字バンザイ」と言う気持ちで、車もないので早上がり

の社員に送ってもらい、お気に入りの喫茶店で紅茶を飲み

ながら本を読んでのんびりさせていただきました。

2日後、支払いが回ってきてどうなっているかと、S銀行に

電話をして当座の状況を聞くと当座には6000円しか残っ

ていませんでした。
チェックライターを買っていたら6000円残らなかったなと思

うとそれから3ヶ月は怖くてチェックライターを買えませんで

した。
でも小切手に漢数字を書くのはつらいので暇があれば文房

具屋に行き、チェックライターを見ていました。
定員には、どれがいいか聞くのに買わない変なお客におも

えたでしょう。

3ヶ月後、なんとかやっていけるようになりチェックライターは

買いましたが、安心したとたんに十二指腸潰瘍で入院する

事になりました。

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食品会社の担当者Tの商談が遅くなって閉店時間を

過ぎても終わらなかった。

その担当者は背が高く、いかにも体育会系だ。

私と部長は中学生の時に、雑誌などで幽霊が出ると

有名になっていた弁天池というところに、悪ガキ7人

グループで深夜に怖いもの見たさに行ったことを

話した。

するとTは「私もよく見たんですよね~。」といいだした。

「ええ~~~~。」

私も部長も興味津々だった。

Tは語りだした・・・

----------

学生の時に帰り道、いつも夜池の側道を通って帰って

たんですよ。

そしたら夜なのに一人でイケの淵にある木に寄り添って

女の人が立ってるんです。

でも気にしないでいつも通り過ぎてたんですよ。

でもある雨の日にそこを通ったらいつもいるに、いないので

今日はいないなと思ったら、池の上に立ってたんです。

私は怖くて怖くてその日からそこを通って帰るのを

やめたんですよ。

----------


実は私も怖い体験があるんです。

今度は私が幼い時の体験を話すことにした。

---------

私の家ではお盆と正月には家族で車で旅行に行くのが

慣例だった。

お盆は南の方に、正月は北の方に行くことになっていた。

家族は父、母、弟、妹、私の5人だった。

私はたしか小学校の6年だった。

別府の方に車で旅行に行った時のことだった。

毎年、行き当たりばったりでそのときはホロのついてる

ダットサンで出かけていた。

一応、泊まるところがなかったらいけないので、車に

毛布を積んでいたが、夏なのでとても暑くて車の荷台で

寝るには厳しかった。

そこは海に温泉が湧いていて、お昼は熱くて入れないが

夜は潮が満ちて海に入れる温度になる。

なんと95度の温泉が湧いている場所だった。

母は、泊まるところを探しに色々まわったがどこも満員で

泊まれない。

最後にその温泉が沸いてる海の前のホテル「つたや?」

だったか・・

幼かったのでホテルの名前は不確かだが、そんな名前の

ホテルだった。

母は、ホテルの人に泊まれないか聞いたが部屋は空いて

ないと言われた。

しかし、母は「布団部屋でもいいですから泊まれないですか

。」と聞いた。

従業員2人いたのだが、一人が「少し待っていてもらえます

か?。」と言った。

そしてしばらく駐車場の車の中で待った。

なかなか連絡がなく車の時計を見ていたが30分も待たされ

た。

30分後にまた従業員2人が来て、「部屋のお風呂は使えま

せんが、それでもよかったらいいですよ。」と言ってきた。

暑かったので助かったと思った。

そして部屋に案内された。

そこは別館の地下1階にある部屋だった。

部屋はきれいなまだ新しそうな部屋だった。

しかし、そんなきれいな部屋なのに突き当たりの部屋のお風呂

があるところの格子戸に【キ】のように板が五寸釘で打ち付けら

れてあった。

私は子供だったのできれいな部屋なのに五寸釘でお風呂の

エントランスに入れないように釘を打ち付けてあるのがおかしい

とおもいつつも、格子戸に鍵はかかっていたが、回して開ける

ものだったので隙間から回して開けるときれいな部屋で何も

問題があるようなところとは思えなかった。

寝る時間になったので電気を小さな豆球だけにして寝た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ・         鏡台             入口

風 ・

呂 ・   父  妹  母  私  弟

  ・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

このような並びで寝た。

私は部屋にかかっている日本人形のような絵の書いてある

額が何か怖くてなかな寝ることができなかった。

しばらくすると壁にヤモリが2匹張り付いているのに気づき

怖くて親を起こした。

母はフロントに電話をした。

しばらくして従業員2人が来てヤモリを捕獲して帰って行

った。

牛業員はもう一人の従業員に「ヤモリは家を守るって言

っていい生き物やぞ。」と話しながら帰って行くのだった。

私は部屋の異様な雰囲気になかなか寝付けなかった。

怖いので顔まで布団を被って母の背中に張り付いていた。

すると入口の戸がスーと開く音がした。

「ええ~~~ww」誰が入ってきたんだww

ペタペタと畳の上を裸足で歩いてくるのがわかった。

そして鏡台の前の座布団に「バサッ。」と座る音がした。

私は怖くて観ることができない。

「なんでみんな寝てるのがわかるのにじっとしてるの・・。」

そう思っても怖くて観ることができない。

髪の毛をといている様な音がした。

「女の人のようだ・・・怖さがましてきた・・

布団をかぶっているので暑くて限界に来てるww

寝返りを打つフリをして息をしたがやっぱり怖くて観ることが

できない。

「いつまでいるんだ~~~。」とおもってもどうにもできない。

半時間ほど過ぎた時に表から「お~いそこちがうぞ~」と

男の声がした。

その人は立ってまた「ペタペタ。」と歩いて出て行った。

でもどう考えてもおかしい・・・

出て行ったと油断させて顔を出すと「やっぱり起きてたな~。」

と言われそうな気がした。

怖くてずっとねることができない・・・・

暑さに耐えながら朝になるまで我慢した。

朝になって私はきっと昨日のことは夢だったんだ・・・

寝ていないがきっと寝てたんだ・・・

確かめるために母親に「昨日誰か来た?。」と尋ねた。

母は「昨日、女の人が入ってきたけどしばらくして男の

人がそこ違うぞ~って言ったらでていったよ。

ここでなにかあったんやねきっと。」と言った。

私は子供ながらに初めて腰が抜けて動けなくなった

のを今も忘れられない。

母は霊感体質で昔から寝ていたら女の人に首をしめ

られたとか、鹿児島の母の家を管理してもらっている

4~5年会ってないおじさんが、昨日の夜に訪ねて来た

というのでそんな馬鹿なと思っていたら翌日、亡くなった

という電話が入ってきたりした。

本人は「虫の知らせ。」だと簡単に片付けるが、私は

怖いぞ~~と思っていたのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まぁ会社の話とは全然違うけど、その話をしたら

急にみんな帰って行った。

いつか時間ができたら実際に何かあったのか

聞いてみたいし、もう一度行ってみたいとおもう

今日この頃だ。

とおもったが


もし、このブログを観たその地域の人がいたら

そこで何かあったのか、何もなかったのか

聞いてみたい。



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流通業界に30数年携わってきた中で起こった事件をつづっています。10数年前に事件に巻き込まれた際、「真相さん」という2ちゃんねるのスレのなかで多くの支援者に支えられ、立ち直れたことに感謝の意を唱えます。
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